理屈じゃない

□空に飛ばした遺書
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※黒こげの天使の途中の屋上からのイメージ※


ごめんなさい。ごめんなさい。
でも、全てなかったことにしたいの。



私はもう何も言わなくなった猫を抱えてゆっくりと歩き出した。
ごめんなさい。ごめんなさい。
フェンス越しに見える夕暮れに染まる町を見下ろす。

「私はいなくなるのよ」

チェシャ猫を目線の高さに抱き上げて話しかけた。口に出してみると思っていたよりもそれは淡々としていて少し驚いた。
赤い海で見た光景を思い出す。
私の心はもう血を流し過ぎてしまったのかもしれない。
猫はにんまり顔のまま何も言わなかった。

「チェシャ猫、少し待っててね」

そう言って私は猫をフェンスの近くにそっと置くと小走りで目的のところへ向かう。
不思議と痛みはなく、体が軽く感じられた。

「皆に忘れられてるみたいだし、いいよね」

誰ともなしに独りごつ。
目的のものは忘れられていたタオル。
タオルは乾き過ぎていて少しパリパリと固かった。一枚を手にとり猫のもとへ戻った。
ふとそのタオルの白に、シロウサギを重ねる。ぎゅっと私はタオルを握りしめた。
私はその場に膝をついて、入院着の下に隠されたガーゼを外す。べっとりと新鮮な血が付着していた。
私はそれを指で触り、その指で白いタオルを汚していった。

「チェシャ猫、どうかな」

チェシャ猫の前でタオルを広げてみせる。
真っ白なタオルに掠れた赤い文字で「シロウサギ、私の命をあげるわ」と書いてある。
チェシャ猫が言っていたシロウサギの希望とは少し異なってしまっているかもしれないけれど。
赤に浸蝕されつつある白はまるでシロウサギのように見えた。
シロウサギ、私はここからいなくなるから。私の命が欲しいならあげるよ?
タオルは風にはためいて、私の手から逃げようとしているみたいだった。私はタオルを解放してやる。
私の手から離れたタオルは軽やかに舞い上がる。この窮屈な鳥籠から逃げていく。

ごめんなさい。ごめんなさい。

「さようなら」

そして私はいなくなる。



空に飛ばした書/



アリスと書くべきか亜莉子と書くべきか分からなくなったので一人称。
リセットってどういう風になされたのか気になるところ。


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