理屈じゃない

□踏み外せば別世界
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いつも思っているのだ。白線の内側と外側では何が違うのだろうと。
白いラインで区切られた空間は、見た目には別段違ったところは見受けられない。車が通って危ないことくらいは解った。でも、道路は道路、何も変わることなんてないではないか。
アスファルトに反射した熱が、ゆらゆらとした陽炎を作り出す。今日は照り返しが強いな、なんて他人事のように思った。
ラインの上をバランスを取るように歩く。時折態とバランスを崩して跳ねてみたりしながら進んでいく。踊るように。でも、そんなたいそうなもんじゃない。舞台の上のピエロよりももっと滑稽で、何の意味もなさない行為。こんなことをしてもどうにもなる訳じゃないと知っているはずなのに。
天根は足を止めて一呼吸置いた。炎天下に帽子も被らずこんなことをしているせいか、頭がぼうっとする。汗が頬を伝って流れ落ち、アスファルトを一瞬だけ濡らした。
全然似てないはずなのに、この熱気は大会中のコートの上を思い出させる。歓声は蝉の声、風が止み静寂が辺りを覆えば、サーブの時の一瞬の緊張。眼を閉じれば、ホイッスルが聞こえてきそうだ。

「バネさん」

名前を、呼んでみた。答えなど在るはずがない。
大会は終わった。夏ももうすぐ終わる。後期が始まり冬休みになって、そして天根は三年生になる。そこに、黒羽はもう居ない。そう思うだけで堪らなく淋しかった。ただでさえ黒羽たち三年生の部活は終わってしまい逢える時間が減ってしまったというのに。

「バネさんは飛ばねーと」

小さくもごもごと口の中で反芻するようにダジャレてみても、ちっともすっきりしなかった。突っ込んでくれる人が居ないからなのか、内容が、内容だからなのか。
解っている。此処で我が儘を言ってはいけないのだ。黒羽は、飛べる。もっと高く。その枷になってはいけない。
解ってはいるのだけれど。
淋しい。嫌なんだ。天根以外の人と、組んでる黒羽なんて見たくない。


「バネさんの、バーカ」


拗ねたように言って、天根は大きくジャンプした。
白線の向こうへ。変わりもしない向こうの世界へ。
















「バカヤロウ!!!」

車のクラクションと、何かが大破する音と、そしてずきずきと痛んだ右肘。
怒鳴られた声はよく知っていて、俺を掴んだ大きな手もよく知っていて、でも、その顔は天根のよく知っている眩しい笑顔では無かった。
怒ったような困惑したような、泣き出すような顔。でも間違いなくそれは黒羽のもので。
車に乗ってたおじさんはとても心配そうに天根に駆け寄ってきて、バネさんのチャリは車に接触したのか曲がりくねってた。本当は、俺がそうなるはずだった。そう考えて怖くなった。
逢えなくなる、の次元が違う。それを理解して俺はやっとバネさんの裾を掴んで、謝った。たくさん謝った。
別に死にたい訳じゃなかったんだ。ただ、確認したかっただけ。ただ、逢いたくなっただけ。
泣き出した天根の頭を撫でて、黒羽は少し呆れたように、でも笑った。その手があたたかくて、また泣いた。
白線の向こう側に聞こえた歓声はもう聞こえない。
白線の向こう側とこちら側は同じでいて全く違う世界だった。






踏み外せば
世界




ダビバネ。
何かもうセンチメンタルダビデ。









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