理屈じゃない

□何だこの甘酸っぱさは!
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天気は上々、風も丁度良い。
見上げた空はこれでもかというほど青く広く、太陽は燦然と輝いている。
揺れる電車は空いていて、乗っている自分たち以外にこの車両には他に二人しかいなかった。

(どうして、こんなことに)

千石は機嫌が悪そうに外の景色を睨み付けている亜久津と、何を考えているのか計れない瞳で同じように外を見付けている河村を見て、そっと息を吐いた。
可笑しい。第一、亜久津が、あの亜久津が河村と出かけるのに千石の同乗を許したのが、不可解だ。
千石は離れて座る二人を眺め、自分も窓の外に視線を移した。
目的地がどこだか聞いていない。幸運にもパスネットを持っていたのでそれほど気にもならなかった。ただ、話の流れを聞いていると、千葉の…海に向かっているらしい。確か、六角とかいう学校があったなぁ、と思い出す。青学は六角と交流があるらしく、色々穴場などを聞くらしい。他校と交流があるのは良いことだと思う。少しだけ、羨ましい。

(俺も練習試合したいな)

あっくん、戻ってきてくれないかなぁ。口には出さず思う。どうせ答えはノーだ。どんなに口煩く言ったって、亜久津は答えを変えたりしない。あの河村くんに言われても、だ。

(でも、知ってる)

がったん。一際大きく揺れて、電車が止まった。駅名を確認して、河村が次だよ、と千石に言う。千石は頷いて見せた。亜久津は相変わらず外を睨んだままだった。
また、緩やかにとは言わないけれど電車が走り出す。決まったルートを、決まった速度で。
レールの上を歩くのは、どんな気分なんだろう。なんて、物言わぬ無機物に問いかけても無駄だけどね。
あっという間に目的地。そこはやっぱり海だった。
(電車の窓から見えていたし、潮風が、海の匂いを運んでいたから、解った)
誰も居ないプライベートビーチみたいなそこは、やっぱり六角の人間に教えてもらったそうだ。
誰も居ない砂浜は、少し淋しい気がした。そりゃそうだ。暖かくなったといってもまだ冬と春の境目でしかなく、海が賑わうのは夏と決まっている。
寄せては返す小波は、まるで眠気を誘う夢の波のようだ、なんて、詩人みたいなことを思って一人でウケてた。
河村が靴と靴下を脱ぎ、ズボンを捲って波に足を濡らす。それを波がぎりぎりで届かないところで亜久津が見ている。そして一番後ろの階段の上で、千石はそれを見守っていた。
河村は膝まで捲ったズボンが濡れて意味のないことになっても足を止めないで、広い海へと、まるで入水自殺者のように歩を進める。
亜久津が河村を呼び止める。河村は亜久津を一瞥して、ふわりと笑って見せた。

(知ってる。あっくんは、また始めるんだ)

亜久津が、河村の腕を掴んで引き寄せた。
二人とも腰まで浸かって、この後どうするんだろう?千石はぼんやりと思う。
亜久津に抱き締められるかたちで、河村が口を開いた。千石の位置では声は聞こえない。波の音が全てを隠してしまう。河村の声も亜久津の声も聞こえない。きっと千石の声も二人には聞こえないだろう。それを知りながらなお千石はそこを動かなかった。疎外感も感じなかった。

(河村くんがきっかけかも知れない。俺や南が言っても聞きやしなかったのに。でも、間違いない。決めたのは亜久津自身だ。亜久津が自分で、認めたんだ)

千石の視界の中から二人が消えた。澄んだ青だけがいっぱいに広がっている。
ばしゃん。水が大きく跳ねて、二人が姿を現した。どうやら足が縺れたのかお遊びなのか、ダイブしたらしい。まったく、本当に帰りはどうするつもりだろう。呆れた。でもそれよりも何だか微笑ましくて、−羨ましくて。

(すきだったんだ。いや、いまでもすきだ)

自分の発言が何の意味もなさないのかと落ち込んだ時期もあった。河村にそれを否定されて浮かれた時期もあった。でも、結局一番にはなれなくて。かといって互いに一番を認めない二人がもどかしくて、腹が立った時期も、あった。

(うん、でも、さ)

千石は照りつける太陽を仰ぐように見て、笑った。大きな声で、笑った。



「俺はさ、そんな二人がすきなのかも知れない!」






(なんだこの
は!)




何となく千石視点で。








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