時をかける少女
□帰ってきたあいつ
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『未来で待ってる』
そう言った君が、この時代からいなくなって5年が経った。
あれから私は高校を卒業して、あの絵を千昭の時代まで残すために、美術系の大学へと進んだ。
短かった髪は、あのまま切らずに伸ばし続けて、肩にかかるくらいの長さにはなっていた。
「千昭……」
今年も、また暑い夏がやってきた。
あの三人で、遊んだ夏が。
千昭と別れた……あの夏が…。
「あつぃ〜……」
7月の頭であって、しかも陽が沈む夕暮れだと言うのに、着ているTシャツにはジンワリと微かな汗が染み込んで、時折吹く風は生暖かくて気持ちが悪い。
「だぁぁぁっ!暑くて堪んないっ!!」
暑さでだるくなった身体を、青々としげる草の上に寝転ばせる。
最近はこれが日課だ。
大学が終わって、必ず通る河川敷の側の道。
そこは、5年が経った今でも全く変わらない。
高校を卒業するまでは、近寄ることさえしなかった、この河川敷。
見ても見なかったふりを繰り返した。
ふりをしていないと、あの夏が不意に甦ってきて、何度も何度も頭の中を過去の映像がフラッシュバックしてしまうから。
……だからふりをすることで、あの夏が私の中から消え去る気がした……。
でも無駄だった。
どんなにふりをして心を無にしても、フッと浮かぶあいつの横顔。
それはこちらを向いて、ニカッと微笑んだかと思えば、瞬く間にサァッと砂になって消えた。
そんなのに勝てるわけもなくて。
弱い私は、いつの間にかこの河川敷に来て一人泣いてることが多くなった。
今日もそれらの一日。
今日の夢に、あいつが出てきて、私は泣きながらそいつの名前を呼び叫んだ。
すると、そいつは「何泣いてんだよ…」とか言って、私の頭をポンポンと撫でてくれた。
嬉しくて嬉しくて、涙を拭って、顔を上げたら、そこにはもうあいつはいなくて。
枕は、自分の涙でグショグショに濡れていた。
「千昭……千昭……」
駄目だ……
また涙が出てきた。
「うっ…ふぇっ……ぁきっ…千昭ぃっ…」
一つ許せば、ブレーキを失う涙祭り。
拭っても拭っても、夢の中みたいにすぐには消えなくて、でも恥ずかしいから、ちゃっかり体育座りして、誰にも顔は見られないようにして。
「うっ……ぇ……ぅぁああぁっ!千昭っ……千昭ぃっ…」
その時、ふっと何かが私を包み込んだ。
暖かくて、どこか懐かしい香りが鼻をかする。
不思議と安心できて、止まらなかった筈の涙は、一滴だけを地面に溢して、それ以外は硬い掌で拭われた。
「何泣いてんだよ、真琴……」
滑らかな……聞き覚えのある低音ボイスが、私の耳元でゆっくりと囁く。
「ち……あき……?」
「……おう…」
嘘だ……
嘘だ嘘だ嘘だ……
そんな筈ない………だって…
「な……で……未来に帰ったんじゃ……」
「……真琴があんまり寂しいみたいだから……」
ギュウッと強くなる千昭の腕。
背後に感じる温もりは、背中にくっつく千昭の、速く打たれる心臓の音で本物だと信じることができる。
「……でも…またいなくなるんじゃないの…?」
「ううん……もう未来には帰らない」
「え……?」
スッと見せられた千昭の左手首。
そこは以前リストバンドがされ、タイムリープが出来る残数が書かれてあった場所。
「ぁ……あれ…?何も書かれてない…」
「だからもう、未来には帰れないんだよ。今回は一度きりのリープだから。一度使えば、記録が消されるようになってるから、見てのとーり何も書いてない」
いまいち状況把握が出来ない。
「ま、いいや……真琴…こっち向いて」
千昭の腕の力が緩んだことで、身体は束縛から解放されたものの、思わず千昭の離れ行く腕を掴んでしまった。
「や…やだっ!!そうやってまたいなくなって……私をっ…ひ…どりに……ずるんでしょっ……」
ブンブンと頭を横に振って、嫌だと下唇を噛む。
涙はすでに止めが効かない。
その様子を見ていた千昭は、ハハハと笑い、その声のまま私に話してきた。
「…わかったよ…はい真琴ちゃん、バンザーイ」
「ぅっ……馬鹿にしないでよっ……」
「いーから、ほらバンザーイ」
渋々千昭の腕を離し、両腕を空に向かって伸ばしていく。
それと同時に、脇の下に伸びてくる千昭の長い腕。
「よぃっしょ……」
千昭に持ち上げられて、千昭と向かい合わせになる私。
「あー重てぇなぁー。真琴、少し太ったんじゃねーのか?」
「し、失礼なっ!!千昭こそ……」
「ん?俺が何?」
言葉を失うとはこういうことを言うのだろうか。
目の前にいる千昭は、あの5年前の夏よりも、ちょっと大人びた顔をしていて、赤茶の目立つ髪は、相変わらずそのままで、まぁ……言わゆる…男になりました。
……的なオーラを醸し出している。