いつわり短編

□起きるまで
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暫くの洗濯も終わって、さぁ自分も休もうか・・

そう思って、借りた宿の自分が割り当てられた部屋に足をすすめていると、どこかから微かな寝息らしきものが聞こえて来た。


「?・・・誰かしら・・」


普段なら特に気にもしない寝息が、今日は何故か無性に気になった。


「ここ・・?」


音が聞こえてくる部屋の襖に目がいった。
微妙な幅で開いている襖。
まるで、開けろ、覗け、と言わんばかりに微妙に開いた隙間。




開けたい・・・




己の中の好奇心が『行け』と命令した。


「・・・開けてみますわ」


一人呟いて、閨はゆっくりとその隙間に両手をそえた。


『すーっ・・・』


閨の手に力が入るとともに、襖が摩擦により柔らかな音をたてる。

襖で遮られていた視界が、広い部屋に慣れない。


空中で視線を泳がせて、徐々に視線を下に下げていくと、そこにはバンダナをしていない見慣れた白髪が畳に散らばっていた。


「空さん?」


しかし、返事は返ってこず、その代わり先程部屋の外で聞こえた微かな寝息が閨の耳に届いた。

襖の外よりもハッキリと聞こえる寝息に、閨は目を細めた。

珍しく一人で部屋に放置されている空さんの胴体部には、薬馬さんがかけたらしい柔らかそうな毛布が寝息の度に揺れている。
いつもなら一緒にいる筈のぽちも、今は薬馬さんの腕の中にいるのだろう。


「疲れているんですわね・・」


ここ最近続いた野宿、集まらないここのつの情報。
夜な夜な現れる強い野党の追い払いで眠れない夜。
昨日見た空の顔には、やつれとうっすら黒ずんだくまがあったのを
閨は思いだした。


閨は畳に足を踏み入れて、空が寝ている位置まで足音をなるべくたてずに近寄った。


顔が見たくてしゃがんでみると、急な近距離感に閨は頬を赤らめた。


「ちょっとだけ・・・」


新たなる欲。
閨は起こさないように、ゆっくりとその白髪に手を触れさせた。


「わっ・・わっ・・空さんの髪に触っちゃった・・」


興奮隠せず、ますます顔を赤らめる閨だったが、空が小さく唸ったのを見て急いで声を潜めた。


「ふふっ・・・空さんじゃないみたい」


小さな声で呟いて、力の抜けた頬に再度力をいれて・・

あぁ、私・・今日幸せですわ・・・

とか思って、調子にのってその白髪頭を撫でていた。


「寝込み襲うとか・・ねーちゃん趣味悪いわぁ〜」


突然眼下から響いた低い声に閨は、え、と声を洩らした。


「寝込み襲うとかぁ〜ねーちゃん趣味悪いわぁ〜・・・て言うたんやけど」

「え」

「寝込み襲うとかぁ〜ねーちゃん趣味悪いわぁ〜・・て」


よく見れば、いつの間にか開いているあの糸目。


「へ!?あ、あ、あの、その、」

「ねーちゃんが寝込み襲うから、ワシ起きてもぉたんやけど?」

「あ、えっと・・その・・・」


とりあえず白髪に触れたままの手をどうにかしないと・・・

恥ずかしさと焦りで手が震えて、これ・・きっと空さんにも伝わってしま・・・


「なぁ、ねーちゃん」

「ぁっ、あ・・・」


必死に動かした手が、ゆっくり起き上がる空さんの手に掴まれて。


「寝込み襲うなんて、ええ度胸しとるやないか」

「そ、そんな、襲うなんて・・」

「ん?ちゃうんか?」


そう呟きながら、じぃっと見つめてくる空さんから逃げるように顔を横に逸らした。


「そんなっ・・ただ、私は・・・」

「ん〜?なんや、ねーちゃん。顔、赤くなっとるやないか」


目の前の空さんの顔は、そりゃもう悪い笑みを浮かべて、それを見てる私の体温は無駄に急上昇で・・・。

今にも顔から火が出るんじゃないかと言うくらい赤くなる閨をよそに、空は更に意地悪い顔をして閨に近づく。


「わしもねーちゃんの髪の毛、触りたいのぉ〜」

「ひゃっ!」


空の手が突然触れた先には閨の髪・・・ではなく、閨の耳。

そっぽを向いた閨をいじめるように、空はゆっくりと閨の耳に近づいて、とびきり甘い声を出した。


「・・せやろ?ワシのだけ触って、ねーちゃんは触らせない・・そんなん納得いかんわ」

「み、耳っ!!」

「ん?耳がどないしたんや・・」


ゾワリと身体の毛が一瞬で逆立った。

だめ・・このままじゃ、私の身が持たない!

顔が赤いのなんて、とうに忘れた。
今はとにかくここから逃げなくては・・・


「ぁ、ぁの、私、用があったのを思い出しましたわ」

「へぇ・・だから?」

「へ?ゃ、だ、だから・・そろそろ離れ」
「離れろなんて、まさか言うわけないやろなぁ?」


ん?と確認するかの様に、その意地悪い声が私の耳にかかるたびに身体が震える。


「寝込み襲っといて、はい、私逃げます・・とか・・・・ワシが許す思うか?」


ばれてる・・・

頭にその単語が流れた時には、既に空さんの両手腕が私の背中と腰に回されて、逃げられなくなっていた。


「あ、あの・・・」

「文句は絶賛受け付けておらん」

「いや、あの・・」

「ねーちゃんに逆らう権限は既にあらへん」


そのままドサリと押し倒されれば、私に打つ手は無く・・


「こんな筈じゃ・・」


なかったのに。

そんな呟きも、空によるまさかの逆襲ですべて消された。


「・・次寝起き襲ったら・・・」


ニヤリ嗤う空さんの悪い笑みが、微かに嬉しそうに見えた私は、どうしようもない馬鹿だと思った。







ーENDー

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