いつわり短編

□好きと特別
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「なぁ、蝶左は好きな奴とかいねーの?」
「は?急に何?」
「いや……だからさ、ねーちゃんが空を好きみたいに、蝶左も誰かいないの?」


急に何を言いやがんだと思えば……


「別にいないワケ。俺は誰かを好きになるとかありえないんだよ」
「そうなの?俺は皆好きだぜ?」


お前……質問と自分の答えが合ってねーじゃねーか。


「……じゃあ烏頭目、お前はその『皆』の中から、姉ちゃんみたいに誰か一人を特別に好きになれって言われたら、どうするワケ?」
「え……」


ほら見ろ。
頭捻って考えてんじゃねぇか。


「うーん……みなも?それとも蝶左?……それかこじゅか?……いや、それとも……」
「……ま、お前はそんな奴だから仕方ないけど……」


俺は烏頭目をほったらかし、一行が集合場所としている大きな杉の樹の元へと歩いた。
「………誰か一人を好きになる……」


目の前の光景に、何となく烏頭目の言っていた意味が理解出来るかもしれない。


「空さん、お夕飯ですわ」
「ん?おぉ……今日も美味そうやなぁ」

「姉ちゃんに……糸目」


まぁ、この二人はもはや夫婦みたいな感じになってきてるからな……。


「にゃんにゃん〜?妾の作ったお料理、味見していただけるかしらん〜?」
「え、良いの?」
「当たり前ですわん、未来の旦那様に食べてもらう前に、味見は絶対必須ですわん」
「あ……うん……そうだよね」

「猫目と姫か……最近仲が良いもんな……」


ただ、猫目がいつも可哀想に見えるのは俺だけ…?


「おかーさまー、ぽちーおま釣り行きたいでーす」
「ん?お祭り?」
「違いまーす、おま釣りでーす」
「お……おま……!?」

「医者に狸……何かこの二人……いや一人と一匹か……。…もはや一種の主従関係だな……」


蝶左がそんな事を考えてると、閨といた筈の空が薬馬に向かって走ってきていた。



「あ……医者、逃げろ!!」
「え?」

『ドカッ!!』

「おまも分からんのか、おどれはぁぁぁぁぁ!!!」
「っ痛ぇぇぇぇっ!!」
「きゃー、空さーんかっこいいでーす」


……何なのあのトリオ……


呆れた様子で三人……いや二人と一匹を見ていた蝶左は、気にかけていたあの子供の元へと歩み寄った。


「……残るは……」


俺らお尋ね者と、ガキか……


「おい、ガキ……」
「……蝶左……どうしたの…?」


烏頭目はどこ行ったんだよ……。
ガキが寂しそうにしてんじゃねーか。


「みなもぉぉぉぉ!!蝶左ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あ?」

『ドカッ』

「俺、やっぱり選べねぇよ!誰か一人とか……よくわかんねーけどさ」
「お前……最初の質問の意味……自分で分かってなかったワケ……?」


わー、キョトンとしてやがるコイツ!!


「まぁ良いや………おい烏頭目、お前にはガキがお似合いなワケ」


ガキが嬉しそうな顔してっから、早くお邪魔な俺を離せ。


「え?」


え?……じゃねーんだよ。


「……どうしたんだよ蝶左……?」


そうそう……そのまま俺を離して、お前はガキと二人で仲良くすれば良いワケ。


「……お前には関係ないワケ…」


とか言いつつ……何なんだこの感じ…。
まるで一人取り残された、小さな子どもみたいな……。


「……じゃあ、何で泣いてんの蝶左」


泣いてる……?俺が?


「……蝶左……寂しい……一人……嫌だって……」


みなもの言葉に蝶左はキレた。


「なっ……てめぇガキ!!誰が、いつ、寂しい何て言った!!」


そうだ……寂しい何て……


「……蝶左…」
「んだよっ!!!ガキの言うこと信じるワケ!!?」
「……蝶左…」
「っ……そんな目で見んな!!!」


はぁ……はぁ……
と息を荒くする蝶左を見て、烏頭目は未だに訳が分からないと言った顔をしている。


「……つまり、蝶左は寂しいのを我慢していたってことか?」
「なっ……違っ」

『ギュッ……』


薬馬を先頭に、次々に一行が蝶左にくっついていく。


「蝶左さん……我慢はよくありませんわ」
「てふてふはいつも己のことを、疎かにし過ぎてるわん」


気付けば、己の身体にピッタリと抱きつく一行全員の姿が。


「……我慢も……疎かにもしてねーよ……てか離」
「じゃあ、何でそんなに……声も身体も震えとるんや?」


クソ糸目が……。


「うるせえな……良いからとにかく離せ!!」


しかし、誰一人としても蝶左からは離れない。

そんな中、蝶左の肩に乗っかった烏頭目が口を開いた。


「……蝶左、俺は……別に誰か一人を好きになるとか、誰か一人が特別だとは言ってないよ」
「…………は…?」

「ただ、俺は例としてねーちゃんと空を言っただけで、別に誰か一人なんて言った覚えは無いよ」
「わ…私と空さんっ!!!!?」


烏頭目の言葉に誰よりも反応した閨は、奇声を上げるが、それでも蝶左から手を離そうとはしなかった。


「……俺は……」


ただ一人勘違いみたいなことして、それで現実を見たら、何か腹立って……


「……面倒見の良い蝶左の事だから、いつものように皆のこと見てたら、何かわかんねーけど、その烏頭目の言葉思い出して、一人だけ取り残された感じになったんじゃないのか?」


見事に的中している薬馬の発言に、蝶左は情けなさそうに項垂れた。

すると今度は空が口を開いた。


「……あほやないのか?」
「は?」


空の言葉に蝶左が反応する。


「誰か一人が好き?誰か一人が特別?……そんなん当たり前やないか。人間誰しも、知らず知らずに頭ん中で決まるんやそんなもん」


空の言葉に一行全員が言葉を失う。


「……そんな中で、見つかるんが本当に大切な奴等ちゃうんか?」


空の言葉を聞いた蝶左は、目を見開いた。


「空……お前良いこと言」
「薬馬……お前はちゃうで」
「何でいつも俺だけぇぇぇぇ!?まぁ予想はしてたけどね!?」


糸目……お前は……


そして、蝶左は何とも言えない顔をしながら、小さな声で呟いた。


「………ありがとう……」
「「「「!?」」」」


突然の蝶左の言葉に、一行全員が蝶左を同時に見た。


「な……何だよ……お礼言っただけだろ……」
「ちょ………蝶左がありがとうって言ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あ……あの蝶左さんが……」


烏頭目は泣きながら蝶左に抱きつき、閨は驚いて放心状態に陥った。


「おい蝶左、お前はもう一つ皆に何か言うことあらへんのか?」
「言うこと?」


すると、烏頭目も閨も我を取り戻し、一行全員が蝶左に笑顔を向け、一つの言葉を心待ちにした。


「………たく……」


だから嫌なんだ、こいつらは……
関わるほど好きになって特別になる……


蝶左は深く息を吸い込み、心に溜めた言葉をしっかりと発した。


「……俺もお前らが……好きなワケ」



普段口にしない言葉を口にした蝶左は、顔を真っ赤に染めて、一行全員を抱き締めた。




-END-

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