いつわり短編
□紅い木の実
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高い高い背丈の草達に、伸びに伸びた長いつる草達。
そして、緑が溢れる広大な畑に、ちらほらと見え隠れするのは……
「美味しいですわー!!」
閨の一言に、草のせいでお互いの姿は見えないが、一行は一人一人手にしていた、紅い木の実を口に放り込んだ。
「確かに美味いな……」
「甘酸っぱいですわん」
薬馬も岩清も、口の中でとろける食べ物に笑顔を咲かせる。
「おい烏頭目とガキ、こっち向け。口の回りにいっぱいついてっから」
「んー?」
蝶左は相変わらず、烏頭目達の世話に明け暮れていたが、心なしか、僅かながらに顔は笑顔になっている。
「空さーん、ぽちーこの紅いの好きですよー」
きゃっきゃっ、と小さな口を紅い木の実でどんどん埋めていくぽちは、まるで口に団栗を詰め込んだハムスターの様だ。
「ほらぽちー。ワシの木の実もあげるでー」
「きゃー、ありがとうございまーす」
空は自分の掌に木の実を並べて、片方の手にあるのは己の口に放り込み、もう片方の手にある木の実は、ぽちの足元に置いてやった。
「おい控ー、この木の実、何て言う名前やー?」
すると、木に寄りかかっていた控がのんびりと答える。
「うーんとねー、確か『苺』とか言う珍味食材の一つだよー?」
「いちご?」
「そーそー。似たような木の実は沢山あるんだけどねー」
「じゃあ、これも似たようなやつか?」
「ううんー、ここに実ってるのは本物の『苺』だよー」
「ふぅん……」
あんまり興味が無さそうな顔をすると、空は近くにある『苺』を次々に摘み始めた。
「ふんふん……ええ味やのぉ…」
パクパクと食べているうちに、そこら辺にあった『苺』はほとんど無くなってしまった。
「……違う場所行って食うか……」
ぽちを連れて、畑の中を歩き回ると、良さそうなベストポイントを空は見つけた。
「ねーちゃん。ここ、ええか?」
「う…空さん!!い…良いですわよ全然!!」
閨は、畑の中に伸びる雑草とつる草が固まっている上に一人座り、一つ一つ味わいながら『苺』を食べていた。
「美味しいですわ、この木の実」
「いちご、とか言うらしいわ」
「いちご?……初めて聞きましたわ」
短い会話を済ませると、二人は黙々と『苺』を口に入れていった。
「……あ…無くなってもうたわ…」
空は沢山採っておいた『苺』を食べ終えてしまい、辺りに残っていないか、チラチラ見回した。
「……もう、さすがにあらへんか…」
そろそろお腹も満たされたので、諦めようかとしたその時、一個の紅い木の実が空の目に止まった。
「…おい…ねーちゃん」
「え…?」
閨の掌に乗った最後の一つ……。
空はそれに釘付けになった。
「う……空さん?」
空を見て、ようやく気づいた空の視線に、閨は試しに人差し指と親指で紅い木の実を持ち、空の目の前でちらつかせてみた。
「……………」
無言でその木の実を目で追う姿を見て、閨は空に聞いてみた。
「あ…あの空さん?もしかして、このいちごが欲しいんですの……?」
「……ちゃうわ…」
とか言いつつ、しっかりと目は輝きを保っている空。
そんな空に、閨はつい意地悪をしたくなった。
「くす……あげませんわよ空さん。これは私のいちごですわ」
ポイと口の中に木の実を放り込んだ。
………ふりをしたはずだった。
しかし、閨はやっちまったのである。
ふりでしようとしたつもりが、閨は間違えて本当に自分の口の中に『苺』を放り込んでしまったのだ。
「あ……」
口の中にある『苺』の舌触りに、閨は冷や汗を流した。
「す……すいませんですわっ、今すぐどこかからっ」
意地悪をした罰か……茫然と閨を見ていた空が、予想外の行動にうつった。
「ん!?……っ……うつ……ふあっ……」
急に奪われた己の口。
目を見開き、驚く閨を横目に、空は己の舌を閨の口内へと忍ばせた。
「ふぁっ……はっ……ゃっ…はぁっ…」
何度も何度も角度を変え、閨の舌は空の舌に絡めとられる。
息をつく暇も無い為に、閨の熱い吐息が次々に口からもれていく。
「はっ……んぁっ……うつ……ほ……さっ……」
そして、ゆっくり口を解放されると、どちらのものかも分からない唾液が、閨の口からこぼれ落ちた。
「はぁっ……はぁっ………あ……いちご……が……」
「……カカッ…」
ニヤリと舌を出して笑う空の口には、閨から奪った紅い木の実が、唾液に紛れて転がっていた。
「ねーちゃんの口内……甘酸っぱい味やのぉ……」
「なっ……」
閨は顔を真っ赤にして、殴ろうと空に近づくが、空の言葉に呆気なく潰される。
「……なんやねーちゃん……いちご…みたいに赤くなって…………もしかして……ねーちゃん自身も、いちごみたいに甘酸っぱいんか…?」
「っ!!!!」
ボンと頭から煙を出すと、閨はフラフラと倒れてしまった。
「………カカッ……おもろいのぉ……ま、いつか……ねーちゃんもワシがタベテやるわ……」
そして、空の言葉通り閨が空に本当に食べられるのは、これから先の遠くないお話し……。
「いやですわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
-END-