いつわり短編
□桜
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「あ……」
ふわりふわりと風に乗って、目の前を通っていった、薄ピンクの何か。
「桜ですわ……」
頭を上に向けると、そこには沢山の花をつけた桜の枝達が視界に入る。
「綺麗ですわ……」
あまりに美しい桜に見とれているのは、桜と同じ色をした髪をもつ女性。
すると、すぐ側からよく知るあの声が己を呼んだ。
「ねーちゃん」
「あ、空さ…きゃっ!!」
突然感じる頬への冷たい感覚。
何か、と隣に視線を写すと、そこにはニヤッと笑う、あの男の姿。
「空さん……」
「なんやねーちゃん。桜なんかに見とれてたんか?」
カカカッ、と笑う空は、手にした缶ジュースを女性……閨の手に埋めた。
「ねーちゃんの好きな桃のジュースや。一緒に飲もうや」
そう言うと、空は桜の木の側にあるベンチに腰をおろした。
「?おい、ねーちゃん。こっち来て、桜見ようや」
ボーッと桜を見つめる閨は、空の言葉にハッと意識を取り戻し、空の待つ木製のベンチまで小走りで歩みよった。
『プシュッ……』
「あ、空さんはオレンジにしたんですの?」
空から貰った缶ジュースを開けながら、閨は空の持つオレンジ色の缶を見ながら呟いた。
「せや。桃とオレンジしかなかったんから、仕方なくオレンジにしたんや」
「じゃ……じゃあ桃にします?」
閨の提案に、空は軽く笑って答えた。
「ええんや。ねーちゃんはワシの中で桃のイメージやったし、ねーちゃん桃好きやろ?だから、交換したら意味ないやろ」
何気ない空の言葉に、よく閨は顔を赤くするが、今日は赤くならなかった。
「……ねーちゃん?」
空が不思議そうな顔で閨を見ると、そこには嬉しそうな顔で上を見上げる閨がいた。
「本当に綺麗ですわね……」
そう呟いた閨は、空の言葉などまるで耳に入っていないようで、ひたすら花びらを散らす桜に夢中になっていた。
「…………そうやな」
閨から視線を外し、空は素っ気なくそれだけの返事を閨に返した。
「どうしたんですの?」
さすがに空の異変に気付いたのか、閨は桜から空へと視線を写した。
「………別に…何でもあらへんわ…」
「……?……そうですの…?」
閨は空の反応に頭をかしげ、そっぽを向く空を暫く見つめていた。
しかし、幾分か経つと、閨は飽きたようにまた桜へと視線を戻した。
「………………」
「………………」
お互い何も喋らない内に、ゆっくりゆっくりと時は進んでいった。
だが、一時間程たった頃、等々痺れを切らした空がベンチを立った。
「空さん……?」
急に立ち上がった空を下から見上げ、閨は疑問が入り交じった声で空の名を呼んだ。
「………ワシ…帰るわ」
「え!?」
訳が分からないと、困惑した表情の閨は、歩き出した空の後ろ姿を見つめた。
「ま……待ってください!!」
焦った閨は、急いでベンチから立ち上がり、遠ざかっていく空を走って追いかけた。
「空さん!!!」
閨が大声で空の名を呼ぶと、やっと空は後ろを振り返った。
「………なんや…」
「な……なんやって…」
ハァハァと肩で息をする閨の元に、空はゆっくりと近づいてきた。
「……ねーちゃんなんて、桜だけ見てればええやろ…」
「………は?」
それだけ言うと、空は踵を返し、また歩き始めた。
「………桜……?……見てろ……え……空さん!!?」
やっと空の気持ちに気付いた閨は、歩き続ける空の腕を掴んで、思いきり自分の方へ引っ張った。
「!?」
「空さん!!」
驚いた顔で自分を見つめる空の瞳を、閨は己をの大きな瞳で縛りつけた。
「……全く……嫌ですわ空さん。桜なんかに焼きもち焼いたんですの?」
「っ………ちゃうわ…」
否定しつつも、空の顔は閨が照れた時の様に真っ赤になっていた。
「空さん……それでも偽り人ですの?」
空のムスッとした顔に、閨は思わず笑ってしまう。
「ふふっ……空さん…意外と子供なんですわね…」
閨の発言に、相変わらずムスッとしていた空が、ピクリと反応した。
「…………おい……顔に虫ついとるで」
「え………」
そして一瞬の沈黙の後、閨は暴れ出した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!!む…虫!!虫嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジタバタと暴れまわる閨を見て、空は口を開けて笑い始めた。
「ぶぁはははははは!!!なんや虫こどきに!!ねーちゃんこそ子供やないか!!」
「ふ…ふざけてないで取って!!取ってくださいぃぃぃぃぃ!!」
すると、空の口からはお決まりの言葉が発された。
「嘘や」
「え………」
空の言葉に閨は動きを止め、口を開けて固まった。
「……ねーちゃんが悪いんや」
それだけ呟いた空は、動かなくなった閨の唇に、己の薄い唇を重ねた。
「……!?」
唇に残る小さな熱……。
唇を解放された閨は、今度は違う意味で固まった……顔を茹で蛸の様に真っ赤っかにさせて。
「……無様やのぉ………あ…そうや……おい、ねーちゃん」
「……何ですの…?」
まだ顔が赤いままの閨は、顔を手で隠したまま空に返事をした。
……しかし、次の空の言葉で、閨の顔は更に真っ赤になるのであった。
「……ねーちゃんは……ワシだけ見てればええんや…」
-END-