いつわり長編

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それ程高くない気温に爽やかな微風。青空が見下ろす、広い庭の端っこにひっそりと佇む…これまた歳のいっていそうな大樹に背を預けて、すやすやと気持ち良さそうに眠る少女にその影は忍び寄っていた。
真っ白な毛に包まれたそれは、眠る少女の側に来るとその顔を覗き込み、柔らかな笑みを浮かべて…何かの単語を囁いた。


「ネヤ……」


それは何かの名前らしく単語に反応する様に、目の前で眠り続ける少女は一瞬だけ身じろぐ。真っ白なそれは喜びを抑えきれずに、そのまま彼女を起こそうと再度囁きかける。
今度は少し声の音を大きめにして。


「ネヤ、僕だよ。また君に会いに来たんだ……起きて、一緒に遊ぼうよ」


普通は喋るはずの無いそれは、頭から生えた二つの長い耳を左右に垂らし、少女を見つめる小さな瞳は白色に光る。
首からぶら下がるのは、微かな機械音を鳴らしながら時をしらせる金色の時計。

……そう。彼は兎…人の言葉を喋り、会話することが出来る特別な兎。

そんな不思議な兎は、起きる気配の無い少女に尚も声をかけ続ける。


「ネヤ、ネヤ。君に会いたくて僕は……あっちからまた逃げて来たんだよ?…だから起きて?僕と遊ぼうよ」


すると、眠っていた筈の少女が呻き声を上げ…閉じていた瞼をゆっくりと開けた。開いた瞬間視界に入った白に小さな悲鳴を上げるも、何か分かると瞬く間にその顔は笑顔に変わり、自分よりも小さな身体の白兎を抱き締めた。


「兎さんっ、また来てくれたの?」
「うん!ネヤと遊びたくて、また逃げてきちゃった!どきどきしたよ…ばれたらママが……」
「ふふっ…また兎さんが来てくれるなんて……ネヤ、とっても嬉しい!」


桜色の髪が背中あたりまで伸び、それは少女が笑うたびにゆらゆらと揺れる。そこからこぼれる甘い香りに、兎は幸せそうに目を細めて「ネヤ」と呼ばれる齢10位の少女の背中に届く様にと短い腕を出来る限り伸ばした。

「兎さん、今日は美味しそうな果物の香りがする……この匂い…林檎?」
「…!よく分かったね!実は、ここへ来る途中にあっちの世界で美味しそうに熟れた真っ赤な林檎が落ちてたんだ。それを食べたから…匂いがついたのかも…」

クンクンと茶色い鼻で自分の襟を嗅ぐ兎に、少女は困ったような…怒った様な表情を浮かべて兎を注意する。

「もうっ、駄目だよ兎さん。落ちているものを食べたらお腹壊しちゃうよ?」

はたから見れば、幼い子供を心配して叱る母の様な絵。しかし、兎は少女の言葉に疑問を浮かべた顔をして逆に尋ねた。

「どうして?あっちは普通に果物とか道端に落ちてるし、動物とか…僕は城を抜け出すことが多いから、お腹が空いた時はよく落ちてる果物を食べるよ?甘くて美味しぃんだぁ〜」
「えー……お腹壊しちゃうよー」

兎はその果物のことを頭に浮かべているのか、うっとりとして「オレンジは……あ、桃も美味しいか…」などとうわ言を浮かべるが、少女はそれを半ば呆れ顔で見つめて、ため息をついている。
…するとその時、驚く程耳障りな音が二人の……いや、一人と一匹の耳を貫いた。

『ジリリリリリッ!!!』

「わっ!!」
「ぅ、うるさっ……ぃ」

少女は両手を耳にあて、痛そうに顔を歪ませる。兎はその耳障りな音が自分の胸元にある時計からと分かると、首からぶら下がる時計へと繋がる鎖を取り、勢いよく地面に叩きつけた。物の壊れる音に、兎はあぁーと悲鳴を上げる。

「またやっちゃたー!!」

ガラス部分が見るにも無惨な状態で、時計の至る所からはネジやバネがはみ出たり飛び出したりしている。兎はそれを拾い上げ、盛大なため息をつき、ガックリと肩を落とした。

「あぁー…またママに叱られるよ……」
「兎さんはお母さんが怖いの?」

クスクスと笑う少女に兎はムスっと頬を膨らませ、垂れ下がっていた大きな耳をピンと天高く空に向かって伸ばした。

「そ、そんなんじゃない!僕はただ……ただ…」

視線を宙に漂わせ一生懸命言葉を探しているが、なかなか良い言葉が見つからないらしい……いや、少女の言葉が図星だから反論出来ない方が正しいかもしれない。
困り果てた兎は落ちていた残りの残骸を全て広い、何も言わずにくるりと身体を反転させた。

「あれ?どこに行くの?」
「…帰る、時計が鳴ったから」

きっと理由はそれだけでは無い筈だが、兎は少女には振り返らず答えると、ぴょんぴょんと前足と後ろ足を起用に使いながら来た道を同じ様に辿り始めた。
それに驚いた少女は、待ってと叫びながら兎が行く背中を目当てにその場から駆け出す。
兎は少女が自分を追っかけていることに気付かず、そのまま目の前に広がる広い森の中に姿を消した。

























「もぉ…ネヤってば僕をバカにして……」

ぶつぶつ呟きながら、来た道の先にある『あちら』へと繋がる扉に手をかける兎に、切羽詰まるようなか細い声が聞こえた。

「っ、て…兎さんっ!」
「…?ネヤ…?」

声がする方に振り返れば、森の中をこちらに向かって走ってくる少女の姿。兎は焦り、急いで『あちら』へと繋がる扉の中へと飛び込んだ。
白兎の飛び込んだ扉の中は真っ黒に染まる異空間で、少女が扉の前に辿り着いた時には既に兎の姿はどこにもなかった。

「兎、さんっ…」

荒い息の中、開いたままの扉に視線を送る。すると、みるみるうちに扉は空気中に歪み始め、少女はそれを見ると目を見開き、共に躊躇無くその消えかかった扉の中へと足を踏み入れた。

「わっ、ぁ…きゃぁああぁぁあっ!!」

足を踏み入れれば最後、吸い込まれるように身体が異空間へと放り出され…視界がぐるりと一回転、真っ黒な中で少女はぎゅっと目を瞑った。





























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