光の対価
□配達 3【少女の秘密】
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―朝。
僕よりも早く起きていたらしいソニアは、朝食にと数匹のピコピコを捕まえてきていた。
ここのところ配達に行く度に“24時間7日間市場”で買ったスープしか飲んでいないため、さすがに飽きてきていたところ。
二人でピコピコを調理して、お互いとそれぞれのディンゴにも分け与えて朝食を済ませた。
「ソニア、本当にありがとうございました!貴女が一緒で助かります」
『ふふっ…言い過ぎですよ、ゴーシュさん』
ハチノスを出てから、彼女はよく笑うようになった気がする。館内で見かけるソニアは、いつも無表情の中に時々どこか悲しみや苦しみが混じっていた気がするから。
思えば、彼女がこんなにハッキリと表情を変えた時を見たのは初めて会ったあの日以来だった。
「さて、行きましょうか」
『そうですね』
目的地であるレントの町は、この岩路とブッコロリの森の横道を通ればすぐに着く。
昨日と同じように、歩いて行こうとした時。突然、ソニアに腕を掴まれて引き止められた。
「…ソニア?」
振り返ると、警戒したような…でも不安そうな色を宿す瞳と目があった。僕の腕を両腕でぎゅっと抱き締め、見上げてくる瞳に一瞬目眩がする。
彼女もそうだが、一体自分はどうしたと言うのか。
昨日から、ソニアに見つめられるとどうも落ち着かない。…いや、昨日じゃない。たぶん初めて会った時から。
幼かった僕は、まだこのときには彼女に対するこの胸の高鳴りの意味を知らず、見上げてくる彼女にどうすればいいかわからなかった。
とにかく、このままでは自分がおかしくなりそうで、もう一度名前を呼ぼうと口を開いた時―。
『…ゴーシュさん』
小さく、僕の名前が呼ばれた。
さっきまで真っ直ぐに僕を見つめていた瞳は反らされ、今は俯いている。
『あの…き、今日は、アスターに乗って行きませんか?』
その一言と態度に、さまざまな感情の複雑さを感じて答えに迷ってしまった。
もちろん、空を翔べる彼女のディンゴに乗せてもらえるなら、それほど有り難いことはないが…。気になるのは、先程見えた瞳の中の感情と今の態度。
僕は念のため、ソニアに聞き返してみた。
「それは有り難いのですが…本当に、良いのですか?」
無理して、僕のことを気遣わなくていいですから…。
と、俯いている彼女のBEEの帽子に向かって言う。すると、帽子の青ばかりだった僕の視界に、とても整った素直に可愛いとも綺麗とも言える彼女の顔が写った。
その表情に、館長室で僕が微笑みかけた時に見せた、驚いたような色を浮かべて。
「ソニア?」
『え…あ、ごめんなさい。そんなこと言われるなんて、思ってもみなかったから…』
“そんなこと”と言う彼女の言葉に違和感があった。
僕は変なことを言っただろうか?
彼女が何か複雑な感情を抱いていることを察して、無理に自分に合わせなくていいと言っただけなのに。
そんな考えが表情に出ていたのだろうか。ソニアは慌てたように説明を始めた。
『違うんです。…今まで、アスターの能力を知った人たちは、裏を返したようにお願いに来るんです。そのディンゴを貸してくれ、と。
…特に、こうしてペアを組んでいた人は必ず楽をしようとアスターに乗りたがるから…』
だから、アスターの能力を知ってもそれを利用しようとしないゴーシュさんに、驚いたんです。
と、悲しい表情を浮かべながら話す彼女に、先程僕を見上げていた時の警戒や不安、少しだけ覗いた悲しみの表情の理由に納得した。
つまり、ソニアは怖かったのだ。大切なディンゴを、その能力を知ったことでまた利用されるんじゃないかと。
そこで、昨日ハチノスでのディンゴ紹介の時に、あえて彼女がアスターの能力を言わなかった理由もわかった。
彼女は元々、ディンゴの能力を教えるつもりはなかったのだ。
それでも、昨日僕を助けるためにアスターに乗って来てくれた彼女に、深く感謝した。