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□忠誠
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 突然墓地に響いた少年の叫び。この場に似合わぬ、高く通る声。
「待って、下さい……大隊長」
 振り返ると、遊び盛りの幼い少年が立っていた。年に不釣合いな硬い顔をして。
 その子には見覚えがあった。
「君は確か……」
「新セルディオ党の代表、ポポです」
 そうだ。戦争の終結が正式にバージル公国から宣言された時に一度会っている。そしてこの少年はドウエル皇帝の葬送の儀の時にも尽力してくれた。
「……止めてくれるな。私はサンドラ帝国の大隊長として、責任を取らねばならない」
 しかしポポは首を振った。
「そういうわけにはいかないんです。あなたにいなくなられては困るんです!」
 言葉に強い意思を込め、少年は訴える。
「……何故?」
「僕はあなたに、新しいカザスの市長になってもらいたいんです!」
 大隊長は耳を疑った。
「私に、市長……!?」
 なんと突拍子もないことを言い出すのだろう、この少年は。大隊長はポポの顔をうかがった。冗談を言っているようには見えなかったが。
「それは……無理だろう。市民が納得すまい。それに……」
 一度言葉を止め、主の墓に視線を戻す。
「先に言ったように、責任を取らねばならない」
 臣下として皇帝の乱心を止められなかった責。
 大隊長として帝国兵達の民への悪行を抑えきれなかった責。
 自分一人の命では足りないだろう。だがだからといって何もしないわけにはいかない。
 それに――それに。
 仕方なかったとはいえ、皇帝を裏切り、その命が失われるよう仕向けた己の行いを、主君に詫びなければならない。
「これは……必要なことなのだ」
「……」
 沈黙が、舞い降りる。ポポは何も言わない。大隊長は話が終わったと思った。
「――さあ、街へ戻りなさい。君にはまだやるべきことがあり、待っている者達がいる」
 それに、子供が見るべき光景はない。
 しかしポポは動かない。
「ポポ」
「違う」
「えっ?」
 ふと落とされた、低く、それでいて強い呟きに、大隊長は思わず少年を振り返った。
 振り返り……そして息を呑んだ。
 強い、なお強い意思のこもった少年の眼差しに、底冷えするような静かな怒気を感じたからだ。
 ポポは淡々と言葉を紡ぐ。
「必要なことなんかじゃありません。そんなモノ、押し付けられたっていい迷惑です」
 少年の手がぎゅっと握り締められた。
「今の僕達に必要なのは、混乱しているカザスを一つの形に治められる指導者です。そしてそれができるのは、ドウエル様の本当の望みを知り、サンドラを、このカザスを知り、終戦と平和を望んだ、あなただけなんです!」
 そこでポポは弱々しく顔を伏せた。
「確かに……受け入れてもらうには、いろいろ大変かもしれません。カザスにはドウエル様に反対する人が多かったのは事実ですし……でも」
 再び向けられた眼差しは、やはり臆することなく大隊長を射抜く。
「あなたなら大丈夫です」
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