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□井の中の蛙、大海を前にして
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 彼が育った環境は、非常に分かりやすく解りやすいベクトルで支配されていた。
 すなわち、力、である。
 力こそが唯一絶対の正義であり、力さえあればあらゆる全てが思い通りになる。逆に言えば、力がなければ生きることさえ許されぬ。彼はそれが世界の理なのだと信じて疑わなかった。
 生きるために力を渇望し、誇示し続ける日々。力でねじ伏せ、また、ねじ伏せられながら成長した彼は、やがて誰からも恐れられる男となる。彼が唯一知るその世界において、彼は“理”に近かったのだ。
 ――“あの日”までは。



「真の男の力とは、そのように使うのではない」
 そう言った男のなんと大きいことか。体、そして、器。正義であると自負していた彼を、虫でも払うようなたったの一撃で地面に這いつくばらせたその男は、存在感に見合った―バケモノかと最初思った―大声で、男塾塾長・江田島平八と名乗った。
「力の、使い道」
 半ば薄れかけた意識の中、うわ言のように彼は呟く。“この世界”で幸福に生きるため以外にどんな使い道があるというのか。
「そうだ。だが言葉で語ったところで、今の貴様には理解できまい。どうやら孤児のようでもあるし、どうだ、男塾に来てみぬか」
 男塾。
「そこへ行けば……分かるのか」
「それは貴様次第だ」
「……」
 男塾塾長やらは、彼より遥かに強かった。彼の唯一知る世界において言うならば、この男こそ正義、この男こそ理である。その男が、彼の力の使い道を間違っていると言い、そして教えてくれると言う。
 力は絶対だ。そして分かりやすく解りやすい。彼は考えるまでもなく決めた。
「行く」
「貴様、名は」
 満足そうに笑みを深めた男の問いに、意識を手離しながら、それでもはっきりと彼は答えた。



「独眼鉄」



END
実は大好き独眼鉄。
本を作るつもりで書いた小説の冒頭文だったけど、
スランプに見舞われてその機会を逸してしまったので、これだけアップ(苦笑)

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