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□黄昏
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「おぅ、よく来たの、リルム」
 ジドールの大富豪アウザーの豪邸に来たリルムは、当主直々の出迎えを受けた。
 いつものことである。ラクシュミの一件以来、アウザーはリルムによくしてくれていた。今ではもう一人の祖父と言っても過言ではない。それ以外にも二人は、画家とトレーダーという、商売上のパートナーでもあった。
 初めて会ってから幾年月。祖父は死んだが、こちらはまだ健在である。そういえば、いつぞや何処ぞのトレジャーハンターが言っていた。成金は早死するか長寿か、どちらかしかいないと。ということはアウザーは長寿の方なのだろう。
「前回引き受けた絵画の代金が準備できたが、どうするかの?」
「とりあえず預けとく。まだ使い道を決めてないから」
 リルムの描いた絵は発表とほぼ同時に買い手が付く。そして若い娘には途方もない金額で売れる。
 リルムは手に入れた金のほとんどを慈善事業に費やしていた。きっかけは、かつて幻獣の愛娘であった仲間の、その親友が経営していた孤児院への寄付である。リルムには豪邸や家財道具への興味がない。貯まるばかりの金の使い道に困った果てに考えたことだった。災害復旧に災害孤児救済。リルムは今、それをやっていて良かったと思っている。家族がいない悲しみが、痛いほど解るからだ。
「……しばらく絵は描けないかも」
 出されたお茶を飲みながら、リルムはアウザーに告げた。
「と言うと?」
 特に驚くでもなくアウザーが問う。芸術を生み出すということは、とても繊細な作業である。そういうことはありえるのだ。
「うん……」
 リルムは小さく息をついた。心に靄がかかっている。しかも一時的なものではないと自覚できる。それが邪魔をしてイメージが形にならなず、筆を取る気になれなかった。
 原因は言わずもがな、先日行った瓦礫の山への墓参り。急激に溢れ出した悲しみが未だ尾を引いているのだ。フィガロ王に心の内をぶつけ、胸を借りて泣いたことで、ほとんどは払拭できた。フィガロ王の弟や旧ドマ国の剣士から父の話も聞き、回顧による温かさと寂しさも経験した。だから“会えずに”失った父のことをうだうだ考えることはもうない。
 だがそれでも残る、暗雲のような靄。
「ふぅむ」
 打ち明けられたアウザーはしばし考える仕草を見せていた。無理に絵を書かせるような真似はしない。良い絵を生み出すのに、無理強いは逆効果だと分かっている。
「決着をつけられないでいるのかもしれんのぅ」
「決着?」
「そう、決着。現実を受け止める為に必要な理由が見出せないでいるということじゃ。もしかして、無理矢理自分を納得させようとしてはおらんか?」
「……」
 無理矢理。
「それは、あるかも」
 本当はとても会いたい。死を受け入れたくない。だって遺体を見ていない。生きているかもしれない。……感情はそう訴えている。そして頭では、願いが叶う余地はないと、思っている。頭で感情を押さえ付けているようなものだった。それでは決着を付けたとは言いがたい。
「でも、どうしたら決着を付けられるのか分からないよ」
「父を絵にしてみてはどうかの」
「えっ?」
「どうしたらいいのか、儂もはっきりとした答えは出せんよ。じゃが、お前さんは絵描きじゃろう? まずは絵筆を取ってみるのが一番かと思うての。描いている内に何かを見出せるかもしれん」
「パパの絵を」
 それは、考えてもみなかった。紅茶をすすりながら、しばしリルムは考える。
 『お前さんは絵描き』――あたしは絵描き……
 飲み干したティーカップを置くや否や、リルムはアウザー邸に造ってもらっていたアトリエに向かった。
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