幻想水滸伝

□カレッカの誓い
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 時のせいなのか、はたまた自分が卑怯なだけなのか――



 朽ち果てたままのカレッカを見て、ハンフリーは密かにため息をついた。過去、眠りを妨げられるほどに心をえぐった惨劇の舞台だというのに、今は不気味なほど気持ちが落ち着いている。
 ハンフリーの少し前で、この村を初めて見たセイカイにフリックが昔話を聞かせてやっていた。偽りの話と、真実を。だが指揮官を斬り殺して帝国を追われた男のことまでは言わなかった。
 あれから幾年が過ぎたというのに、カレッカの姿は何も変わらない。魔物がはびこり、最早人が立ち入る地ですらない。それを復興させる余裕は現在の帝国にはないのだ。そして自分達の生活で手一杯の国民の心にも。
 帝国から完全に切り捨てられた村。今はカレッカの悲劇の最後の生き残りと、この朽ちた大地に緑を蘇らせようと一人で努力している男と、そして――
 ――セイカイはカレッカの真相の立案者の名前を聞いただろうか。
 セイカイは今のカレッカのもう一人の住人、レオン=シルバーバーグとも話をした。あまり長くはなかった。二、三のやり取りがあっただけ。特になんの感情もなく、解放軍リーダーの顔でセイカイは頭を下げ、家を出た。何事かあったわけでもなく、レオンも解放軍リーダーを見送る。
 最後の一瞬、ハンフリーはレオンと目があった。レオンはわずかに目を細める。元百人隊長のことを気付いたのかもしれない。ハンフリーは無表情で軽く頭を下げ、その場を離れた。
 なんの感情も湧かなかった。戦を早く終わらせることに重点を置いて策を立てた軍師に腹を立てるのはお門違いだと、随分昔に気付いた。
 カレッカの出口付近で野営をすることになった。明日中に秘密工場にたどり着けるだろう。眠っている間の見張りはハンフリーが買って出た。ビクトールとフリックが複雑そうな顔をしたが、見なかったことにした。ビクトールには夜半になったら交代するから起こせと言われ、了解の意でうなずいたが、そのつもりは全くなかった。
 魔物達が遠巻きに様子をうかがっているのが分かる。しかし実際に仕掛けようという気配がなかったので、とりあえず無視した。それ以外は異様なほど静かだった。夜行性の動物の鳴き声も聞こえない。
 夜空には地上のことなどお構いなしのように、無数の星々が輝いていた。この天地の様相の違いに、皮肉すら感じる……とハンフリーは思った。
 思い出そうと思えば、難なくあの惨劇を思い出せる。それこそ望まぬ光景までも。罪無き人々を斬った感触すら、昨日のことのようにリアルに蘇る。
 ――だが感情は動かなかった。微かに心がうずくだけで、苦しみが喉の奥から這い出てくるようなことは一切なかった。
 時のせいなのか、はたまた自分が卑怯なだけなのか。
 決して忘れてはならぬ思い出だった。だが本当に忘れてはならないのは、あの惨劇がどれほど忌まわしいかということ。ところが今の自分は過去を正視できるのだ。
 そんな自分に、ハンフリーは気がだんだん滅入ってきた。なんて浅ましいのだろうと、ハンフリーは思った。
「……ハンフリー」
「……眠れないのですか……?」
 呼びかけたのはセイカイだ。若きリーダーはハンフリーの問いに肩をすくめた。
「あまり眠れる心境ではないね」
「……」
 父のことが気掛かりなのだ。ハンフリーは何も言わなかった。
「なんなら見張り交代するよ?」
「いえ……大丈夫です……」
「そう……じゃぁ、一つ訊いてもいい?」
「……」
 ハンフリーはセイカイの言葉を待った……が、セイカイは何も言わずにハンフリーを見上げている。
「……いや、無理にとは言わないけど」
 どうやらハンフリーの返事を待っていたらしい。ということは、かなり立ち入った話だということだ。
「いえ……どうぞ」
 少し覚悟を決めて話を促した。セイカイは「ありがとう」と微笑み、ハンフリーの脇に移動した。
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