アイアンリーガー

□懺悔なんてナンセンス
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『ああ、アレ? 私は詳しく知らないんだけど……本人曰く、“無力な自分への戒めと、決意の証”だそうだよ』

 けじめと踏ん切りは付いていると思っていた。
 それなのに、“アレ”を見た途端、こんなに心を揺さ振られるとは――


「なんだフット。随分しんみりとやってるじゃねぇか」
 突然降ってきた声に、考えることに没頭していたゴールドフットは心底驚いて顔を上げた。
「兄貴……」
 立っていたのは兄のゴールドアームだ。アームは肩をすくめてテーブルの反対側に座った。
 ここはダークスポーツ財団ビルに設けられた、ダーク関係者専用のバーである。リーガー用のリキュールオイルも完備しているので、多くのダークリーガー達も利用していた。
 今日も一日をささやかな一杯の楽しみで締めくくろうと、リーガーや人間達がテーブルやカウンターを占めている。
 その片隅のテーブルで、フットは一人お気に入りのリキュールオイルをあおっていた。
 ……だがその味が分からぬほど、フットは深く考え込んでいた。
 アームが注文を取りに来たバーテンにいつものを頼んだ後、フットが口を開く。
「兄貴も一杯やりに来たのか?」
 とりあえず出した問いに、しかしアームは首を振った。
「いいや。プリンスの奴等に、昼過ぎからお前の様子が変だと聞かされてよ」
「え……」
「話しかけただけで殺されそうだから、なんとかしてくれって泣きつかれたんでな。とりあえず来てみたんだ」
「……別に殺さねぇよ……様子が変だったのは否定しねぇが」
 そう言ってフットはため息をつく。アームは苦笑いを浮かべた。
「よほどだな……何があった?」
「ああ……あー、兄貴は……」
 しかしフットは言葉を止めてしまう。
「フット?」
 促されても話さない。
 ……できなかった。
 ただ悩みを兄に打ち明けるだけなのに。何故かそれを口にするのはためらわれた。
 まるで約束を破るかの如き罪悪感が、言葉を堰き止める。約束など、何もしてないのに。
 畜生、と悪態をついて頭をかいた。心のモヤモヤがどんどん大きくなる。
「あー、もう! なんでっ、こんな……」
「話してみろよ。少しくらい軽くなるかもしれんぞ」
「分かってるけどよ! 分かってるけど……なんつーか……」
 少しばかりモヤモヤに振り回される。その間に覚悟を少しずつ積み重ね、やがて決意して一つ深呼吸をした。
「マスクの首に傷跡があるの、気付いてたか?」
 やっと本題を口にする。途端に心の枷が外れたのを感じて、フットは内心安堵した。
 一方アームは顔を険しくさせて、「ああ」とうなずいた。
「世界を旅している時に気付いた。あの時は結構ハードだったし、満足にメンテもできなかったから、あまり気にしていなかったが……何。まさか、まだ」
「残ってる。昼休み中に気が付いた。あれは……俺が付けたんだ」
 フットは搾り出すように呟いた。アームの目が細められる。いつ、どういう経緯で、とは訊かない。訊くまでもなく、事情は想像できた。
 ――強制引退騒動。フットがマスクを傷付ける理由など、それ以外にない。
「自分の意思じゃなかたとはいえ、この俺が斬ったんだ。よく見なけりゃ気付かない跡でも、俺は首を見るだけで自然と意識しちまうから、気付いた……・」
「……それで、罪悪感にさいなまれていた、と?」
 だがフットは首を振った。
「違う。いや、違わねぇワケじゃねぇが……俺が気になるのは、残してる理由だ」
「マスクに聞いたのか?」
「聞けるワケねーよ。それじゃまるで『気まずいから、あの時のことは忘れろ』って言ってるようなもんだろ」
 忌まわしい記憶と言えど――いや、だからこそ、封印などしたくなかった。真っ向から向かい合っていたいのだ。
 それに……あの話を蒸し返すのが怖かった。マスクとて心に傷を負っている。それを突付く勇気はなかった。
 でも気になるのは事実で、どうしようか悩んだ挙句、メンテナンスチーフに問い詰めたのだ。
 結果、返ってきた答が――
「……“無力な自分への戒めと、決意の証”……か」
 アームはフットが聞いた理由を復唱した。
「アイツ、自分のことそんな風に……そんなこと、ないのによ。それにアイツが無事だっただけでいいのに……“あのこと”が、マスクをそんな風に苦しめるなんて、知らなかった……」
 そこまで言ってフットは、アームの考え込んでいる様子に微妙な違和感を覚えた。
 何か、違うことを考えている……?
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