anniversary(小説)
□ハッピーくまくま お試し
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ハッピーくまくまの一部抜粋
01.初詣で
桐嶋さんが社内広報に載せるコメントの依頼を受けて、家にそれを持ち帰ってきた。
「初詣ね……」
「仕事だろ?面倒な顔するな」
「いや、そうじゃなくて。来年こそは熊の捕獲に力入れないとと思って」
「……だから、悪かったって云っただろ」
去年の年末、年越しそばを完成させたあとの行動を未だに根に持っているとは……。
あの夜はテーブルに二人分の年越しそばを並べて、そのまま実家に帰ると出てきてしまった。引き留められなかったし、そんなに尾を引くとは思わなかったのだ。
「馬鹿か?お前、それ最低だからな」
「あ?何でだよ」
「美味そうなそばと天ぷらで足止めして逃げるなんてな、完全に卑怯だ」
「……」
食い物で足止めされたのか。
「だから、来年は一緒に過ごして一緒に初詣から何まで付き合ってもらうからな」
「正月には挨拶に行くから、それで良いだろ?」
「駄目だ」
「何でだよ?」
「初詣のあとは、姫はじめとなだれ込むもんだろ」
「……しね」
たぶん今のは冗談だ。
横澤が年末帰ってしまった事への嫌がらせに違いない。
冷静になろうと深呼吸する。
「っつーか、あんただって正月は実家に帰っただろ?俺はその間こっちにいる必要ねぇし」
それに、遅くなったかもしれないが、初詣には行ったのだから良いではないか。
それとも……1月3日じゃダメだったのか?
「俺たちの予定では、三人で年越ししてそのまま初詣に行くはずだったんだ。もちろん実家にはお前を連れていく」
「そんな事云われてもな……」
俺も実家に顔出さないと色々面倒なんだが……。
最近の休みはほとんど桐嶋さんたちと過ごしてたし。
実家にいる間も結婚の話を何度もされた。どうやら俺が彼女の家に居座っていると思ったらしい。
間違いではないが、正直には云えなかった。
「よし、出来た」
そうこうしているうちに文章が完成したらしい。
覗きこむと……。
『初詣は大切な人と行きたいから、今年はかなり出遅れました』
何と答えたらいいのか。
まぁ、無難といえば無難だが……。
きっと、大切な人の部分に反応した奴らで社内は騒がしくなるだろう。
そして広報に神社で撮った写真が載るとは思わなかった。
可愛らしい着物姿の日和の帯を直している自分と、それを、眺める桐嶋さん。
確かに通行人に頼んで撮って貰ったが、何故写真撮影の準備をしている方の写真を提供しているのかが理解できなかった。
絶対社内の反応を面白がっている。
おわり
12.線香花火
桐嶋の態度に苛々しっぱなしだ。
休日だというのに朝からわざわざマンションに呼び出されて、昼飯を一緒に食べた。
そこまでは別に構わない。
貰いものだという食材は日和も扱いきれないらしく、何とかしてくれと泣きつかれたのだ。マンションに来るまでの間にレシピをいくつか検索したおかげで、料理のほうはうまくいった。
夕食のほうが良かったような気もするが、外食を予定していると云われれば頷くしかない。
そして、洗い物をしている間に桐嶋は電話をしていたらしい。
リビングでテレビを見ながら、その番組について話しているらしいが、結構な時間が経っている。
日和も由紀ちゃんの家で宿題をしてくると出ていったし、こうなると横澤にはする事がなかった。
本でも読むかと、桐嶋がリビングに置きっぱなしにしているハードカバーの小説を適当に掴む。
このマンションで与えられている客間に引っ込むと、ソラ太もちょこちょことついてきた。尻尾が挟まれないように、ソラ太が通ったことを確認してからドアを閉める。
「桐嶋さんっていつもあんな電話長かったか?」
ソラ太を膝に乗せると、答えが返るわけがないと判っているのに問いかけてしまった。
そういえば、最近自宅マンションに帰るのが寂しく感じるのは、ソラ太がいないからかもしれない。
自覚はなかったが、もしかしたら常にソラ太相手に話しかけていた可能性が大きい。
「お前が喋れれば面白いのにな。そしたら桐嶋さんのプライベートをスパイさせて、俺に報告するんだぞ?」
半ば本気で云っているのだが、ソラ太のほうは呆れたように尻尾を振るだけだ。
自分でも何を云っていると情けない部分もあったので、その話は終わりにして大人しく本を読むことにした。
『ですから、響さんのイメージは伝わってくるんですけどそれを形にしないと読者には伝わらないでしょ?』
『俺は判りますよ?そりゃ付き合いも長いし、何より真剣に響さんの事を考えてますからね』
『今度時間を作るので、気晴らしに食事でもどうです?色々考えてるみたいだけどそれが上手くまとまらないんでしょ?』
『気にしないで。俺と響さんの仲じゃないですか』
読書はさっきから一ページすらも進まなかった。
胡座をかいた膝の間で丸くなるソラ太が緊張して身を固めている理由は判らないが、横澤の表情が険しくなったのは確かだった。
何だろう。
この仕事なのかプライベートなのかはっきりしない長電話。
相手がはっきりと判るのは良いことだが、その相手が一番厄介なのだ。
横澤は、桐嶋が家族以外で一番大事にしている男は伊集院響だと思っている。
自分なんか清々しいほどにほっとかれている中、こんなにも親しさをアピールしてくる電話を続けているのだ。
心のモヤモヤがどんどん大きくなっていく。
もとは小さい火種だったのだ。
それをずっと抱えていた。
チリチリチリチリと燃え続け、ずっと心の中で小さな火花を散らしていた。
今、一際大きく火花が散った気がした。
『ご都合がよろしければ今から行きましょうか?』
そしてそれは燃え散って、一瞬で落下する。
「ソラ太……」
呼び掛けると、柔らかい肉球がペタペタと触れてくる。
「俺何してんだろうな……?」
おわり
(書下ろしで、今後の桐横掲載)
〜続きはハッピーくまくまをご覧ください〜
かなり読み応えのある桐横本だと思います。