anniversary(小説)

□最低だけど最高な恋人
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『最低だけど最高な恋人』





「お兄ちゃんっ遅刻だよ!」

 叫びながら飛び込んでくる日和を布団のなかで受け止めてやる。
 可愛いことに、日和はエイプリルフールを実行しようとしているらしい。
 朝起きて真っ先に飛び込んできてくれた事は嬉しいが、こうして飛び込まれると困る事情もあるわけだ。

「お兄ちゃん遅刻しちゃうよ!」
「ひよ、残念だったな。俺もさっき起きたから時間知ってるんだよ」
「えーっ!」

 正確には、さっき桐嶋のベッドから客間に移動してきた。
 完全に寝入っていた横澤と違い、桐嶋のあの寝起きの良さはどうなっているのか。今朝もギリギリまでベッドで休ませてもらい、日和の起床に合わせて起こしてもらった。
 日和に気づかれないよう、ちゃんと起こして部屋に戻してもらえるという実績があるから、桐嶋の誘いにもうっかり乗ってしまうのだ。

「ひよ、そんな顔すんなよ」

 物凄く不満げな日和の頭を撫でてやり、二人揃って身を起こす。
「……っ」

 わずかに身体が軋んだ。
 だが、それも数時間前までの甘い行為の名残だと思えば諦めもつく。
 怠い身体で今日の営業をこなす事を考えれば腹が立つが……。

「せっかく昨日からソラちゃんと練習したんだよ?ねぇ、ソラちゃん」

 客間の中を歩き回るソラ太は妙に落ち着きがなかった。

「どーした?」

 太った身体を持ち上げると、ソラ太は必死にもがき始める。前足で横澤の頭を叩くようにしてみたり、危険を知らせるような鳴き声をあげている。

「ソラ太?」
「ソラちゃんどうしたの?」

 日和もソラ太の頭を撫でて落ち着かせようとしているが、大好きな日和相手にも前足を振り上げてくる。

「こら!」

 さすがにおかしいと思って、ソラ太を抱えたまま日和から離れる。
 腹が減った可能性も考えて、暴れる身体を逃げられないよう持ち上げてリビングに向かった。
 すると、ソファに座ってちょうど新聞を広げていた桐嶋に出くわした。

「桐嶋さん、ソラ太に缶詰めあけてやってくれ。さっきから暴れて……痛っ…ソラ太!」

 とうとう爪まで使われる。
 ソラ太は横澤の腕から逃げ出すと、桐嶋に向かって尻尾を膨らませている。
 何だろうと様子を伺っていると、桐嶋が笑いながらソラ太を抱き上げてしまった。

「ったく、お前は猫だろ?番犬までこなすなんて優秀だな」
「何だよ、ソラ太に何かしたのか?」
「いや?」

 ソラ太をビヨーンとさせて口元を隠す桐嶋に、嫌な予感がしてくる。

「横澤、遅刻するぞ?」
「それはひよがもうやった」
「そうか?けど、俺は家の時計全部時間変えといたんだけど、出勤時間大丈夫か?」
「!」

 横澤は慌ててテレビのリモコンを掴んだ。時間を知るのは一番手っ取り早い。
 そして、もう桐嶋を怒鳴る時間もない事を知る。
 洗面所に飛び込んで、身支度を普段の半分の時間で終わらせる。朝食を食べる時間もなく、そのまま鞄を掴んでマンションを飛び出した。

 桐嶋……ッ

 会社に無事到着するまで何度別れようと決心したことか。
 結局別れの言葉を探す段階で無理だと諦めた。
 最低最悪な男だが、自分にとっては大きな救いとなってくれる存在なのだ。
 だが、それも悔しいから暫くはマンションへ行かないことにした。





おわり

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