anniversary(小説)
□イタズラよりタチが悪い
1ページ/2ページ
『イタズラよりタチが悪い』
「……」
朝から何だか嫌な視線を感じる。
別に悪意を感じるというわけではないのだが、居心地が悪いような……。
というより、こんな視線、覚えがありすぎて、朝からどうにも無性に腹が立った。
「おい」
「はい!」
通り過ぎ様ににやけ面を向けてきた社員を呼び止める。
「俺の顔に何かついてるのか?」
「いえ!何も」
「だったら何ださっきのツラ」
「何でもないです!すみません!」
「待て」
こちらを見ようともせずに走り出す社員の襟を、延ばした腕で鷲掴む。
「わーっスミマセンスミマセン!」
「ああ?謝るってことぁやっぱ何かあんだろーが!」
「スミマセン!」
謝りどおしの社員を、それで許してやるほど、横澤の懐は広くなかった。
「お前、今月のフェア台無しにされたいのか?」
「それだけは勘弁してくださいよ!」
丸川書店のコミック部門を一任されている横澤だからこそ使える脅し文句だ。
それでなくても今回のフェアは、営業部の協力なしでは成り立たない。まさしく、フェアの成功は横澤次第といったところだろう。
「だったら理由を云え。こっちは朝っぱらからお前と同じにやけ面を見飽きてイライラしてんだよ」
「睨まないで下さいよ!俺悪くないですって!」
「お前のせいだとは云ってねぇだろ。さっさと原因を吐け」
「だから!美味かったなーって!形も可愛かったし!前のエプロンもそうだったけど、意外な一面見ちゃったなーって!それだけです!」
「ああ?」
云われた言葉をすぐには理解出来なかった。
意外な一面だと?
エプロンってのはアレの事だろう。
桐嶋が勝手に振り撒いてくれた、忌まわしき横澤のエプロン姿。
それと同等の意外性と云われて、思い浮かぶものなど何もない。
しかも、こいつに何か食わせてやった覚えもないのだ。
ただし、ある人物が関わっていない場合で、だ。
「俺は桐嶋編集長からお裾分けをもらっただけです!それじゃ、ごちそうさまでした!」
「あ!」
予想通り出てきた名前に、一瞬力が緩んでしまった。
「あー、くそ」
せっかく捕まえた手がかりを逃がしてしまったが、もうほとんど答えが出たようなものだったからよしとしよう。
「っつーか、ごちそうさまって……何をだよ」
本人さえも知らぬ間に何が振る舞われたというのか。
横澤はちょうど停まっているエレベーターに足早で乗り込む。とにかく、何も判らないながら桐嶋に文句を云わずにはいられなかった。