anniversary(小説)
□嫌いっていうな!
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日曜日とはいっても、横澤の朝は普段通りに始まる。
朝一番に訪れる日和のおはようタックル。
予想以上に恐怖を感じるあのダメージから逃れるには、日和よりも早く起きているしかないのだ。
そして今朝も、桐嶋家の誰よりも早くに起きてキッチンで朝食の準備を始める。
寝ぼけた頭を振りながら、目玉焼きにしようかスクランブルエッグにしようかと考えた。
「目玉焼きと、大根のサラダでも作るか…」
シャキシャキと音を立てて食べられる大根サラダは、最近の桐嶋のお気に入りだった。
特に好き嫌いはないようだが、桐嶋は気に入った物があると食事中も機嫌が良い。たいていは横澤が作った食事を褒めてくれるのだが、その気に入った物を作った時の褒めようが半端じゃないのだ。
褒めたらまた作るとでも思っているのだろうか。
………。
まあ、作るけどさ。
別に褒められたいから作るわけではないと強く云いたいが、そんな事桐嶋に云ったが最後、どんなにからかわれる事だろう。
だから、こういうのは時々でいいのだ。
ついでに、何気なく、たまたま、そんな感じがいい。
けれど、買い物に行くとついつい桐嶋の好きな物を籠に入れてしまうのは自分でもどうかと思った。
睡眠時間を上手くとれない編集長の桐嶋の為に、食事中には野菜を取らせるようにメニューを考えてみたりとか……情けない。
この時期野菜が高いというのに、何をやっているのだろう。
そんな感じで、何だかんだと常備している桐嶋の為のメニューの数々を、少しずつ食卓に並べていくのに必死になる暴れ熊だったのだ。
大根サラダも目玉焼きも食卓に並べ終わると、鏡の前でリボンを握って格闘している日和に声を掛ける。
「ひよ、あとでやってやるから飯食っちまえ」
「はーい」
満面の笑みで振り返る日和は、結びかけの三つ編みを解いて掛けてくる。
「やっぱりお兄ちゃんみたいに上手に出来ないや」
「自分じゃ後ろとか見えないからな。今度三面鏡買ってやろうか?」
「いらないもん。ひよ、お兄ちゃんにやってもらいたいんだもん」
「俺で良いならいつでもやってやるけどな」
「やった!」
日和が席に着くと同時に、桐嶋が寝室から出てくる。
今日は休日出勤で作家の家に行くと云っていたから、いつもより早く起きて着替えていたらしい。
春らしい色合いのシャツにサマージャケットを手にしている。
そんな何処にでもありそうな服装なのに、身につける者の見栄えで随分と印象が変わるものだ。
ふと寝室から出てきただけでこの心臓の悪さ。どうにかして欲しい。
「お、大根サラダ!」
食卓に近づいて真っ先に気づいた桐嶋が喜びの声を上げる。
そして始まる褒め地獄……。
そう思っていたのに、ついで桐嶋から出た言葉は日和の降ろしたままの髪についてだった。
「ひよ、随分髪のびたな」
「切ったほうがいい?」
「もったいないな」
「もー、パパはいつもそうなんだから」
あれ……っと思っているうちに、桐嶋も席に着いてしまった。
ボーっとしてしまった横澤に、桐嶋は手を差し出しご飯も求めてくる。
「横澤、飯は?」
「あ、ああ」
キッチンに飛び込み、お釜からご飯を盛りながら、横澤は必死に首を傾げていた。
………?
何だろう、この違和感。
おかしいぞ。
いつもと違うぞ。
????
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クエッションマークの嵐だった。
そして桐嶋が家を出る時のお見送りで、横澤は玄関で崩れ落ちたのだった。