anniversary(小説)
□熊さんカムバック!
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『熊さんカムバック!』
※ひどい小説です( ̄□ ̄;)!!
営業部の人たちが横澤さんを心のなかで熊熊熊と呼んでいます。
もちろん愛情からですよ!
「横澤…は、いないか?」
営業部のフロアに、ジャプンの編集長が訪れたのは、昼を過ぎた頃だった。
入り口に立って目当ての人物を呼ぼうとしたところで、フロアにいない事に気付いたらしい。
桐嶋は近くにいた営業の人間に横澤の所在を尋ねた。
「あ、今は外回りに出てますよ。会議があるからもうすぐ帰ってくると思いますけど」
「そっか。だったらちょっと待たせてもらう」
「はい、どうぞ」
桐嶋は横澤のデスクに向かい、腰掛けてしまった。
一瞬、帰ってきた暴れ熊が怒るだろうとデスク付近の連中は冷や汗が出た。
暴れ熊はきれい好きで、デスクなどはいつもきっちり整理されていた。会社のデスクなんて資料やファイルで山積みになるのが当然のはずなのに、彼のデスクは帰りぎわにはいつも平らになっている。
そんな几帳面な暴れ熊の聖域に踏み込んでは怒られるに違いない。
だが、相手がジャプンの編集長なら、きっと自分で何とかしてくれるだろう。
営業部の社員は、何かあったときに素早く逃げられるようにとひたすら仕事に打ち込んだ。
それから十分くらい経っただろうか。
桐嶋は横澤のデスクに陣取って、持参したファイルに目を通している。一応は仕事をしているらしい。
営業部に緊張が走っていた。
我が営業部名物の暴れ熊に用があるのか、最近桐嶋をこのフロアで見かける事が多くなった。その関係で営業部の面子も桐嶋と話す機会があり、親近感なんかも湧いてきた……ような気がしていた。
だが、忘れてはいけなかったのだ。
桐嶋は丸川屈指のヒットメーカー。さらには上からも下からも信頼を寄せられる優秀なジャプン編集長。
しかも、噂によればジャプンの編集長はかなり仕事に厳しいとの事。クールな仕事ぶりと確実な実績を耳にする事が多いからか、ぺーぺー社員などは桐嶋を雲の上の人のようにみえているかもしれない。
暴れ熊と話しているときは穏やかな雰囲気で、非常に話しやすく、理想の上司なのだが……オプションに暴れ熊を添えずに一人でいられると……。
ペラっと、時折響くファイルを捲る音だけがフロアに聞こえる。
デスクでファイルをめくっているだけなのにこの緊張感。
助けてクマさん…ッ!
他部署の上役に監視されているような気分で必死に仕事に向き合っていた営業部に、救いの熊が帰ってきた。
「横澤さん!」
待ち望んだその熊が、コートを腕に掛けてまっすぐ営業部に向かってくる。
「横澤さん、遅かったじゃないですか!」
「逸見、何かあったのか?」
部下が走りよってきたことに驚いたようで、横澤はすぐに仕事の顔になった。つまり眉間に皺が濃くなった。
「あったといえばあったんですけど……まぁ、早く来て下さい」
「あ?何だよ」
「横澤さんの事を待ってたんですよ………桐嶋さんが」
最後はボソッと呟いた。
心の中では、早く何とかしてくださいと力強く念じる。
「はぁ?」
首を傾げながらフロアに足を踏み入れた横澤は、すぐに自分のデスクに向かっていく。
「おい、何くつろいでやがる」
「よお、お帰り」
桐嶋が軽く手を上げ、鷹揚に横澤を待ち構える。
勝手にデスクに座っていた事は問題にならなかったらしい。
確かに他部署の上役がデスクに座っていたからといって、それだけで文句は言えないかもしれない。プライベートなものではないのだから。
横澤はデスクに鞄を置き、悠然と脚を組んで座る桐嶋を睨み付けた。
「何してんだ、あんた」
「ああ、ちょっと頼みがあってな」
桐嶋は手にしていたファイルをデスクにおいて、横澤が向き直った途端にその腕をとる。
「頼む。成人式の写真を貸してくれ」
「はぁ?」
横澤の腕を握ったまま、伏し目がちに哀愁を漂わせるジャプン編集長。
「悪い、何枚でも良いから持ってきてくれないか。お前にしか頼めないんだ」
大人の色気すら漂わせるそれに、未婚女性だけでなく、既婚女性社員すら顔を赤らめた。先程まではびびっていた事など忘れ、桐嶋の完璧ともいえる容姿に惑わされている。
そんな中、平然と偉そうな態度を崩さないのが暴れ熊の暴れ熊たる所以だ。
「意味がわからねぇ事に付き合うほど暇じゃねぇんだが」
「馬鹿、仕事だっつーの。俺が担当してる作家が資料で必要って言ってるんだが、成人式に行かせる年齢でもないしな」
「そんなの、あんた自分の写真を提供しろよ。別に俺のじゃなくても良いだろうが」
実家に残ってるんじゃないのかと、横澤は桐嶋の出す上役としての威厳と、女を惑わす色気に負けることなく応戦している。
桐嶋は横澤に拒否されると思っていなかったのか、眉を寄せて不機嫌そうに横澤を見上げた。
「お前、俺をいくつだと思ってるわけ?これでも結構年くってんだ。最近の成人式とはイメージ違うだろ」
「だったら俺のだって同じじゃねぇか。せめて今年入ってきた奴らから借りろよ」
「それじゃ意味が無い」
きっぱりと否定が入った。
にや、と笑う桐嶋に横澤が不満気な声を上げる。
「おい、写真は仕事で使うんだろ?」
聞いている者の背筋が凍るほどの怖い声なのに、桐嶋はそれを受けても笑みを崩さない。
「もちろん。……けど、資料に使った後は俺が仕事で疲れた心を癒すのに使わせてもらう。可愛いだろうな、二十歳の横澤も」
そして、悪人面で横澤の腕に唇を押しあてた。
「……ッ」
流石に暴れ熊もびびったのか、声なき悲鳴を上げて逃げをうつ。
「桐嶋さん、ちょっと放せ」
「写真、貸してくれたらな」
軽く掴んでいるだけに見えるその腕は、横澤がどれだけ引っ張っても外れることなく桐嶋に握られている。
「そんな事に使うって言われて貸せるわけねぇだろ!」
「じゃ、資料には使わないで俺が持ってるから」
「資料にだけ使え!」
ヒットメーカーと暴れ熊の攻防に、さっきまで営業部に強いられていた緊張は消え失せていた。
いつもの光景だ。
少しだけ心がふんわりとしてくる。
そう……。
営業部の社員が親近感を抱いていたのは……。
ジャプン編集長でも……。
ヒットメーカーでも……。
憧れの上司でもなく……。
暴れ熊を傍らに置いた桐嶋禅だったのだ。
さっき仕事で疲れた云々を言っていた通り、きっと今現在桐嶋は疲れているのだ。だから、手っ取り早く暴れ熊をからかって英気を養っているのだろう。
社内外問わずにおっかない噂を轟かせている暴れ熊も、桐嶋にとっては癒しの熊さんでしかないのかもしれない。
そして、その桐嶋が横澤不在のときに来てしまったら……営業部にとって暴れ熊は救いの熊さんに変わる。
「あれ、横澤……は営業中か?」
「き、桐嶋さん!」
営業部内に再び戦慄が走る。
熊さんカムバック……ッ!
おわり