anniversary(小説)

□好きも嫌いも全部好き
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『好きも嫌いも全部好き』





 昨夜の帰宅が遅かった桐嶋は、お昼過ぎになってようやく寝室から顔を出した。
「横澤、水くれ。……あれ、横澤?」
 当然そこにいると思った奴の姿が見えなくて、桐嶋はテレビを見ていた娘に問い掛けた。
「ひよ、横澤は?」
 まさか帰った……とは思わないが、昨夜の事を思い返せばそれも不思議ではない。
 担当作家の作品がアニメ化○周年記念という事で、パーティーと称した宴会に、桐嶋は強制参加させられた。新年早々止めてほしい企画だったが、テレビ局関係者が是非にと日程を組んできたのだから仕方がなかった。
 あー……帰ったのが明け方、ってのは流石に不味かったか?
 桐嶋は寝癖のついた頭を掻く。
 それとも……。
 気持ち良く酔っ払って帰ってきたから、調子に乗ってしまったのがいけなかったのか?
 帰宅早々、寝ている横澤の布団に侵入し抱きついて起こしてしまった。その後は怒られながら寝室へ連れていかれたのだが、時間も時間だったから、きっと横澤はそのまま寝直す事も出来なかっただろう。
 嫌な予感しかしないが、娘の返答を息を呑んで待つ。
「さっきおばあちゃんが来て連れていっちゃったよ」
「はぁ?」
 予想外の展開に目を見開いた。
 二日酔いで怠い頭が一気に覚める。
「何でお袋が?」
「えーと、新年のご挨拶にお兄ちゃん一緒に来なかったから、お話がある、って言って連れていっちゃったの」
「……何でだ」
 確かに、昨日の午前中に日和を連れて挨拶に行ったが、横澤は連れて行かなかった。当然、桐嶋は誘ったし強引に連れて行こうともしたが、横澤自身が頑なに拒み続け、しまいには自分の実家に挨拶しに行くからと逃げ出そうとまでし始めたのだ。
 強要し過ぎて本当に実家に帰られては堪らないと、そこは桐嶋が引いたのだが、今日になってこんな事態になるとは思わなかった。
「ひよ、何でパパを起こさなかった?」
「お兄ちゃんが、パパは疲れているから起こしたらダメだって」
「……あの馬鹿」
 拳を握り締め、沸き上がってきた怒りに震える。
 何でこういう時にまで気を遣うんだ。
 疲れているからと遠慮されて、起きたらこんな事態なんて、いっそ叩き起こされた方がマシだ。
 桐嶋は自身の頭を数回叩く。
「……くそっ」
 横澤が実家に行きたくなかった理由が桐嶋との関係にあるとすれば、今のこの状況は奴にとってはかなり厳しいものだろう。
 まだ両親には横澤の事を話していない。ただ程度はわからずとも、横澤が桐嶋の大切な人だとは知られていると思う。そのうち折りを見て話すつもりだったが、その事でも横澤とは揉めそうだった。
 自分の親だから、話したとしても偏見なく受けとめてくれるだろうと思う。だからそっちに関してはまったくもって心配していないが、横澤に関しては大問題だった。
「あー……くそ」
 悩んでいても仕方がない。桐嶋はジャケットを手にして、部屋着の上に羽織る。
「ひよ、行き先聞いてるか?」
「え、買い物もしてくるって言ってたから、スーパーじゃないかな。パパも行くの?」
「探してくる。もし横澤から連絡あったら居場所聞いておいてくれ」
「はーい」
 桐嶋は携帯を手にすると、家を飛び出した。
 あの恋愛初心者の事だから、お袋に言われたことを無理に難解にして、別れるとか言いだしかねん。





 実家に顔を出して、それから買い物に使うスーパーを探し歩いて、ようやく横澤と母親を見つけることが出来た。
 マジでスーパーで買い物してやがる。
「横澤!」
「はい?」
 スーパーのカゴを手にする横澤の肩を掴んで自分の元へ引き寄せる。
「え、桐嶋さん?」
 不思議そうに見てくる横澤を背中に押しやり、母親と向き合う。
「横澤に話しって何?」
「禅、あんたいい年して情けない。お正月だからってお昼まで寝てるんじゃないの」
「んな事後で良いだろ。それより、何かあるなら俺に言えよ」
 母親の説教などガキの頃から聞き飽きている。それより、横澤に何かあるほうが大事だった。
 だが、返ってきたのはさらなる説教。
「あんたに言っても仕方ないでしょ?包丁も握れない子が何言ってるの。誰の所為で横澤さんに面倒かけると思ってるの?」
「はぁ?何、俺の所為だって?」
 何だか予想していたものと違う展開になってきた。
 母親は本格的に説教をはじめるし、横澤は背後で笑っている。
 人をからかうのは好きだが、自分がこういう立場に陥るのは好きではない。
 不機嫌に眉を寄せていると、珍しく笑いながら、横澤が話し掛けてきた。
「桐嶋さんって、お節料理嫌いなんだって?」
「は?」
「毎年毎年、お節料理貰っても最初ちょっと摘むだけで後は食べようとしないって」
「……それが何?」
 確かにお節料理はあまり好きではない。保存を良くするためなのか、どれもこれも甘ったるいのが気に入らないのだ。
 今年も実家に行った時に重箱で貰ってきたが、昨日の夜はパーティーに出席していたし、横澤と日和で食べ切ってしまっても構わないくらいだった。
「何、じゃないでしょ?禅の偏食に合わせてたら横澤さんだって気分悪くするの」
「お節料理食わないくらいで文句言われたら堪んねぇよ」
「作った人の気にもなりなさい!」
「好き嫌い多いみたいに言うなよ」
「お節料理飽きたからって絶食する一児の父親が何処にいるの?」
「……」
 言葉に出されると確かに情けないが、苦手なのだから仕方がないだろう。
 っていうか、お袋の話ってのは俺がお節料理を食わないってだけか?だったら俺が迎えに来た意味なかったような。
 なんか……ムカついてきた。
「桐嶋さん、あんまり偏食してるようには見えなかったが、何か無理して食ってたものあったか?」
「お前の作ったもんは全部食ってんだろ。美味いよ、俺の好みの味付けだ。だから、もう帰るぞ!」
 そうだ。基本的に好き嫌いはほとんどないし、あったとしても食べられる。もちろん横澤の料理が好みなのは本当だが、仮に好みでなかったとしても残す気はなく、すべて完食するつもりだ。
 これ以上横澤に変な情報を流される前に、さっさと連れて帰りたかった。
「お節料理を摘むってことは食べられるんだよな。だったら後何品か桐嶋さん用に作れば良いのか……。桐嶋さん、何食べたい?」
「え?」
「だから、昨日のパーティー疲れただろ?好きなもの作ってやるから」
「横澤…」
 酔っ払って朝帰りした挙げ句、安眠妨害の上襲い掛かろうとした男をねぎらい、さらにはお節料理だけでは飯も食わない男の為にわざわざ手間を掛けるなんて……。
「横澤さん…こんな息子の為にありがとうございます」
 母親が感動しているのがわかる。何故なら桐嶋も感動していたからだ。
 普段どれだけ素っ気なくとも、愛されていると思える瞬間がある。横澤にとっては無自覚なんだろうが、それが嬉しい。
 やっぱり迎えに来て良かった。
「お前の作る料理なら何でも良いよ。……最後にはお前を食わせてくれんだろ?」
 母親には聞こえないように耳元で囁けば、横澤は一瞬で耳まで赤くなる。
「……馬鹿野郎!ひゃっぺん死んでこい!」
「お前たちを残して簡単には死ねねぇよ」
 その後、横澤は買い物を再開させながら母親に桐嶋の好き嫌いを詳しく聞いていた。細やかな仕返しのつもりなのだろうが、さっきも言った通り、食べようと思えば何でも食べる。横澤の料理なら尚更だ。
 だが、念入りにリサーチした好き嫌いも、実際に食卓に並ぶのは桐嶋の好物の方だけだろう。そんな確信があった。

 ただし、今日を除いて。
 あとは、横澤の……機嫌次第だ。





おわり

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