W.B.T

□Je suis tombe amoureux
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「好きだよ、お前のこと」

そう告げた時の泣きそうな笑顔を俺は一生忘れないと思った。


――Je suis tombe amoureux――


「宇佐真麻(うさまお)です。接客業は初めてで、皆さんにご迷惑をおかけすることも多々あるとは思いますが、精一杯頑張りたいと思いますので、宜しくお願いいたします」

その自己紹介に俺の隣に座っていた林さんが、頬に手を当てうっとりとした口調でカッコイイ…と呟いた。
他の女子バイトのみなさんも頬を赤らめながら宇佐を見入っている。男女比率2:8のバイトメンバーの中で憮然としているのは、俺だけだ。

宇佐は簡単な自己紹介を続けると、ふっと笑顔を浮かべ会釈をしてから椅子に腰を掛けた。
ただそれだけの仕草なのに、モデルのような体躯のせいなのか、妙に様になっている。

変わってない――この【王様】は小学校の頃と全然変わっていない。
そこにいるだけで人目を集める圧倒的な存在感。小学校のときにつけられた【王様】というあだ名は今でも宇佐を表すに相応しかった。

はぁっと溜息をついて、席に着いた宇佐を見る。

11月にオープンするこの書店バイトに受かったのは一週間前。採用決定のときに女の子が多いぞと聞いて、喜び狂った天国のような時間は、この宇佐の登場によって終わりを告げた。
メンバー表を見て、まさかとは思ったんだ。でも同姓同名という線も捨てられなくて、ここに来るまでは僅かな希望も抱いていた。今や木っ端微塵に散ったけれど。

宇佐とは小学5・6年の頃に同じクラスだった。かなり仲が良かったと思うけど、喧嘩が元で距離を置いてからは話をすることもなくなった。
公立の中学校に進んだ俺と、私立へと進んだ宇佐とは会うことすらなくなり、今日が6年ぶりの再会だ。

喧嘩別れしたままだから、……なんつーか、気まずい。
いつまでも子供の頃のこと引きずってるなんて、どうかと思うけど……だからと言って宇佐に抱いている苦手意識は何年経っても消えてくれない。

あの頃と決定的に違うのは、俺より高く伸びた身長と少し大人っぽくなった顔つきだ。
真っ黒に染められた髪は不自然に黒い。少し長めに伸ばされた髪の間から覗く耳たぶにはいくつものピアスの穴があった。
まるでこのバイトのために慌てて身なりを整えた、そんな印象すら受ける。

あれだけ趣味が合わなかった宇佐と同じバイトをするなんて、思いもしなかった。ましてや書店員なんて、宇佐は絶対に選ばない仕事だと思ってたのに。でも俺が南の紹介でこのバイトを知ったように、宇佐も誰かの紹介なのかもしれない。

宇佐の顔をぼんやりと眺めていた俺と宇佐の視線が交差して、俺は慌てて目をそむけた。

「次、安達だぞ」

「あっ、は、ハイ! え、えっと、あ、安達東太(あだちとうた)ですっ!! よ、よろしきゅお願いします!」

店長に促されて勢いよく立ちあがった俺は、言おうと思っていた挨拶をすっかりふっ飛ばし、僅か5秒の噛み噛みな自己紹介を終えた。
 
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