† 集団エゴイスト †
□番外編伍 霞晴れる夜
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自分の存在が、この世界でひどく朧げなものに見えた。
確かなものだなんて何もない。
不確かで不透明、不安定なものばかりが蔓延るこの世界。
そんな世界の中では僕の存在なんて、きっと無いに等しいものなのだろう。
いつもいつもそう感じていた。
僕の生きていた所は、マフィアという汚い世界のさらに汚い裏側。
歪んだ人間による歪んだ実験ばかりが毎日行われる、そんなイカレタところだった。
あぁ、僕の視界が酷く歪んでいるのは、僕の目のせいなのか?
それとも、もともとこの世が歪んでいたのか?
それさえも分からない。
そんな毎日に嫌気がさして、僕はある日の夜初めてアジトを抜け出してみた。
以前他の子供が外に出た時、他のマフィアの大人達から罵声を浴びせられたり、銃を発砲させられたり、酷い目にあわされたと泣いていた。
その時僕は、なんて愚かな奴らだろうと嘲ったものだ。
どうせ外へ出たって、ここと何が変わっていようか。
世界は全て歪みきっているのだから、どこへ行ったってそうたいして変わらないのだ。
そう心では分かっているのに、何故かその日はやたらと外へ出てみたかったのだ。
…まるで、身体がどこかへ誘われているかのように。
*****
夜の闇の中、僕の足は止まることなく歩き続けた。
目的地なんてない。
ただ気が赴くままに歩き続ける。
ついた先は、小さな公園の広場だった。
誰もいない、静かな空間。
辺りは月明かりと小さな電灯が一つあるだけの、少し廃れたような公園だった。
花の咲いた大きな木の近くにある色の禿げたベンチに腰掛け、空を見上げてみる。
綺麗な星空が広がっていた。
あんな遠いところにある星、今まで気にしたこともなかったが、今はもしかしたら手を伸ばせば届くんじゃないかという気さえしてくる。
「はは、何を馬鹿げたことを……」
そう呟きながらも、無意識のうちに僕は自分の右手を空へと伸ばしていた。
「星は掴めそう?」
突然、上から声が降ってきた。
「っ?!誰です?」
声のした方を見てみると、ベンチの傍らにある木の枝に一人の子供が座っていた。
こんな夜中に何故子供が公園にいるのか?
自分の事を棚に上げて、僕は穏やかに笑う少年を怪しんだ瞳で見上げた。
月が雲に隠れ、辺りが暗いため、少年の顔がはっきりと見えない。
しかし、月の光が再び周りを照らし出した瞬間、僕の思考は一気に停止した。
そこにある光景は……
「…………綺麗だ。」
枝に腰掛けた少年の姿がはっきりと見てとれた。
ハニーブラウンの髪は月明かりに照らされ、黄金に輝く。
枝に咲き誇る薄桃色の花びらがゆらゆらと少年の周りに舞い散る。
こんな綺麗なもの、初めて見た。
僕の胸には言いようの無い感情が込み上げてきた。
「貴方は一体…?」
「俺は沢田綱吉。君は?」
そう言いながら子供は軽々と木から飛び降りた。
これが初めて君が僕の前に現れた瞬間だった。
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