*薄桜鬼*
□喫茶 さくら
1ページ/15ページ
目の前の光景に思考が止まる。
何で?何?誰?
見てはいけないものを見せられた。
私はトランクを階段下に置くと、一つ大きく深呼吸をした。
さっき感じた悲しいような嫌な感情は、すべて怒りに変わる。
「うおおぉお‼」
って心の中で叫びながら、彼の部屋へ続く階段を駆け上がり、ドアを勢いよく開け放つ。
ガン‼
ドアは壁に当たってひどく大きい音を出す。
そして、そこには。
知らない女と抱きあい、キスをしていたであろう男が、驚いた顔をして立っている。
女の方は、びっくりして目をパチパチさせながら、「え?誰?」って呟きながら男にしがみつく。
その台詞、そっくりそのままお返しするわ。
きっとさっきあなたを見た私と同じ気持ちでしょうね。
視線だけでお互いを探る。
おそらく数秒だった、何十分にも感じる重たい沈黙を破ったのは男の方だった。
「っ、しの!何で?」
そりゃそうでしょうね、来るって言ってなかったもん。
「説明してあげましょうか。なかなか会えない彼氏のところに、仕事やめて、こっちで職探そうと、住んでたアパート引き払って、片道三時間かけてサプライズでやって来て、漸くたどり着いてドアを開けたところよ」
そう、説明すると。
私は、職と住むところを手放し、おそらく彼氏であった男の住む、愛の巣だと思っていたアパートに引っ越そうと思ったら、その男が知らない女を連れ込む現場に居合わせた、可哀想な女。
ということになる。
パァアン‼
男が左頬に平手打ちを貰い呆けている間に、知らない女は泣きながら部屋を出ていき、私はそこら辺にあったコンビニの袋にお気に入りのマグやらスプーンやらを詰め込んで、お気に入りのクッションをつかんで、捨て台詞を吐く。
「鍵はまだ返さない。私が買ったものは引き取りに来るから。時々部屋が荒らされてても文句は言えないわよね。そのうち返すから、さよなら」
「ちょっ、ちょっと、違う!」
男が後ろで叫んでるけど、もう知らん。
ドアを閉めた私は、少しスッキリした気持ちで階段を降りる。
何にもなくなったけど、さて、どうしたものか。
とりあえずは、呑むかな。
お腹減ったし。
何も考えず、しばらく歩いて、いい匂いのする居酒屋へ入る。
お腹が減ったら戦できないもんね。
…もう戦終わったかもしれないけど…。