* hatsukoi *
□終電10分前。
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(最悪だ、こんなことになるなんて…っ)
律はむくりと体を起こす。
それは、終電10分前の出来事。
「…高野さん、何で俺のあと着いてくるんですか…」
丸川書店エメラルド編集部・校了明け―――
今日は、珍しく終電で帰ることが出来た。
いつもなら、眩しい朝の光を全身に浴びながら、明け方の電車で帰るのだが、今回は珍しく…本ッ当に珍しく、締め切り破り常習犯の売れっ子作家・吉川千春の原稿が、なんと締め切りに間に合ったのだ。
ほとんど奇跡としか言いようがないけど(失礼)、おかげで早く帰れる。
「…俺んちもこっちだっつっただろうが。つーか隣の部屋なんだから覚えてるだろ普通。アホかお前」
…ここ2〜3日間くらいまともに家に帰れてないし、寝不足だったり疲れてたりですっかり忘れてた。
「そーいやそうでしたね…。…って、何で俺たち一緒に帰ってんですか!?」
「帰る方向が一緒だからに決まってんだろ」
あぁ、もう!
「小野寺、何立ち止まってんだ?終電逃したら次ねーぞ」
「そのくらい分かってますよ!」
…出来れば高野さんと一緒に乗りたくない。高野さんと一緒は、何故か落ち着かない。むしろ、胸の高鳴りは大きくなるばかりで…。
「高野さん、先どうぞ。俺はあとからゆっくり帰りますんで」
そう言うと、高野さんは『意味分からん』とでも言いたげな顔をしていた。
「…は?どっちみち帰り道同じなのに何言ってんだ。次の電車ねーのにどうやって帰んだよ」
「タクシーで帰ります!」
「…うわ、もったいな…。俺より格段に給料低いくせに…」
む。
「……聞こえてますよ。俺だってタクシー代払えるお給料くらい貰ってます!! てゆーか高野さんといると何か落ち着かないんですよ!!」
…………。
……あ。
「へぇ、"落ち着かない"って、……お前さ、俺のこと意識してんだ?」
目の前には、余裕たっぷりの憎たらし……いや、嬉しそうな顔をした高野さん。……やばい。自分的にはぼそぼそ呟いてたつもりだったんだけど…。
「べべべ別に意識とかしてないですよ!何考えてんですかアンタ!?自意識過剰ですか!?」
自然と小走りになる足。
早く、早く離れないと、また自分が自分じゃなくなってしまうような、そんな気がして……。
「律!」
大声で呼ばれた名前は、人の少ない駅内で大きく反響する。あまりに突然なことで、つい足を止め、振り返ってしまう。
その瞬間、腕を強引に掴まれた方向に引き寄せられ、カリ、と耳朶をかじられた。
「〜〜〜ッッ!?ちょ、高野さ……っ!?」
ドンッと思い切り高野さんを突き飛ばす。
「いくら人が少なくても、公共の場なんですよ!?いい加減にして下さい!!」
「…何、公共の場じゃなかったらイイわけ?」
「違います良くないですってば!…もういいです、お先に失礼しますおやすみなさいっ」
人のいる場所であんなことしてくる人なんて、同じ車両に乗ったら何をされるかわからない。
せめて違う車両に乗れたら、と勢いよく走り出した。
「おい小野寺!そっちはーー…」
え? そっち、は……
か い だ ん ?
「うわ………っ」