* hatsukoi *

□お仕事です!
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「あー、羽鳥、携帯忘れてるじゃん!」


羽鳥のデスクに置かれている携帯電話を見つけた木佐の一言で『ソレ』は始まりを告げた。



入稿ギリギリで滑り込むように配達されたバイク便と入れ違いで出先に向ってしまった羽鳥。

バイク便にて配達されたのは吉川千春の原稿で、羽鳥の向った先は吉川千春の仕事先。

見事なまでの入れ違いの犠牲者は、主人に置いてけぼりを喰った携帯電話。


「律っちゃん、この携帯を吉川先生んトコに居る羽鳥に届けてやって。入稿終了した事の報告出来ないんだ。」

「え?俺が行くんですか?吉川先生の家知らないし・・・」

「近くだからすぐだよ。はい、これ地図。」


いきなり木佐から言い渡されたお使いに戸惑いながらも、進行係として報告はしなきゃいけないだろうし、羽鳥も携帯が無いと困るだろうかと思い、律は引き受ける事にした。

そんな訳で律は地図と羽鳥の携帯を持ち、丸川書店を後にする。


------自分の携帯はデスクの上に置き忘れたままで。




「だからぁ・・バイク便でもう送ったってば。トリはいっつも慌て過ぎなんだよ!」


羽鳥が鼻息荒く部屋に乱入してきた時、すでに入稿は済んでいてアシスタントの人達も引き上げた後だった。

やっと終わった修羅場に脱力してソファーにうな垂れている所に怒り狂った羽鳥の訪問は心臓に悪い。


「日頃の行いからしてお前は信用出来ん。入稿が済んだなら何か食え。そんな青白い顔して・・・飲まず食わずで仕事してたんだろ?」

「へへ・・・さすがトリ。ちゃんとご飯の用意して来てくれたんだ。」


怒り狂って訪問したわりにはちゃっかり羽鳥の手にはスーパーの袋が握られていて、手際よく冷蔵庫に食材を入れている。

恐らくこの家の主である千秋よりも、羽鳥の方がキッチンにおける主導権を握っているだろう。




トントンと軽やかな音が聞こえてくる。

今日のメニューは何だろうとぼんやり考えていると、突然千秋の携帯が鳴った。

着信は、柳瀬からのもの。

「あれ、優だ。どしたんだろ」

ピキリ、と。その瞬間、羽鳥の顔色が変わった。


「はい吉野。優、何かあった?」

『あ、千秋?ちょっと聞けよ!今な、前話してた漢のプレミアムフィギュア見つけた・・・マジで超レアなやつの!!』

「え、うっそマジで?!ソレってもうどこにも売ってない最新刊の限定版にしか付いてないやつじゃ・・・ッあああ見たい見たい!な、今どこ?俺も行きた・・・あれ?優?ゆーうー?」


急に柳瀬の声が聞こえなくなる。手の中にあった携帯もない。

それもそのはず。羽鳥が千秋の携帯を取り上げ電源を切ったからだ。


「ちょ、トリ!人が話してるってのに、何で急に携帯取り上げんだよ・・・っ?!」


やばい、羽鳥のこの顔は・・・確実に怒っている。

「な、なんでそんなにキレてんの・・・?」

・・・そうだ。入稿後の怒り狂った羽鳥を更に苛立たせてはいけない。理由は、絶対全て自分に返ってくるから。

なのに、やってしまった。しかも理由が分からないから言い訳も出来ない。


「・・・柳瀬と関わるなといつも言ってるだろ」


そう言った羽鳥の顔は、酷く不機嫌そうだった。でも・・・


「何でだよ!俺だって優とは友達っていつも言ってるだろ?!てか俺も漢フィギュア見たい見たい見ーたーいぃー!!優に電話するから携帯返せ!」


「駄目だ」


いくら何で、どうしてと尋ねても羽鳥は『駄目』の一点張りで、千秋の苛立ちもそろそろピークだった。


「・・・俺はもう仕事終わったし。自由にしたっていいじゃんか!」

「原稿ビリの奴がよく言うもんだな」


ぐ、と言葉につまる。たしかに事実だし、羽鳥にも迷惑かけてるし、何も言い返せない。

だが、千秋にだって自由にする権利はあるはずだ。ああもう、こうなったら・・・


「じゃあもう飯いい。・・・優と外で食べてくるからいい!」


こっちだって負けていられない。

羽鳥に負けないくらいの不機嫌オーラを放出させながら、財布と携帯だけを掴んで駆け出した。


「待て、吉野!」


後ろから羽鳥の怒った声が聞こえるけど気にしない。気に留めてなんかやらない。

急いで靴を履き、千秋は玄関の扉を開ける。


「―――・・・千秋」

「・・・・・・っ!?」


慣れない呼ばれ方に、ほんの少しだけ、足を止めてしまった。

そして、唇を塞がれる。いつも冷静な羽鳥とはあまり似合わないような、荒々しいキス。


「・・・んぅ・・・っちょ、トリ、やめ・・・っこ、ここ玄関!玄関です!誰かに見られたら・・・」

「・・・もう見られてるぞ」


羽鳥が追いかけてきてくれた嬉しさと、人目のつく場所でキスされた恥ずかしさで赤面する千秋の頭上から、呆れたような羽鳥の溜め息が零された。


その視線の先には・・・









「お、小野寺さん・・・っ!?」




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