* hatsukoi *
□Today is...
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「ねぇねぇ、横澤のお兄ちゃんっ」
「何だ?ひよ」
午後8時前頃、桐嶋宅のキッチンにて。
日和から突然『早く帰って来てね』と、可愛らしい絵文字付きのメールが送られてきたのが、営業の仕事で近隣書店に出回っていた午後4時過ぎ。
日和の願い通りに、早めに仕事を片付け桐嶋家に行くと、『晩ご飯、一緒に作ろう?』とねだられた。
どれだけ仕事で疲労困憊していても、日和の頼みだから断る事など出来やしないに決まっている。
こうして、今日あった出来事を一生懸命話す日和の話を聞くのが横澤の日課。
父親の桐嶋はといえば現在入浴中で、父親より横澤の方が日和の世話をしているのでは?と思うも、それは桐嶋も日和も気にしていないようなので、どうやらそう思っているのは自分だけのようだ。
「あのねあのね、今日も由紀ちゃんちに遊びに行ったんだよ」
「ひよは本当にその子と仲が良いな」
「うん!ひよ、由紀ちゃんだーいすき!! でねぇ、由紀ちゃんのママが今日は『良い夫婦の日』だって教えてくれたの。お兄ちゃん、知ってた?」
「いや、知らなかった。でも何で11月22日が『良い夫婦』なんだ?」
「それはねー、11月の"1"がふたつで『いい』なのね。で、"2"の読み方を変えてふたつ並べると『夫婦』なんだって!」
「へぇ、そうなのか」
初めて知ったという驚きより、自分に向けられた少し自慢気な屈託のない笑顔が愛らしい、と思う気持ちの方が大きく感じられる。
「だから由紀ちゃんち、今夜はご馳走なんだって。由紀ちゃんのパパとママ、仲良しでいいなぁ…」
そう言った日和は、少しだけ、長い睫で縁取られた瞼を伏せた。
…おい、由紀ちゃんのママとやら。少し無神経過ぎるんじゃないのか。
まさか、ひよには母親がいないと知りながらもつい言っちまったとか、そんなところだろうけど。
なんて、勝手に解釈していたところを、軽く口を開いた日和に「でもね、」と思考を正された。どうやら一部、声に出ていたらしい。
「ひよにはママはいないけど…、大好きなパパと、横澤のお兄ちゃんがいてくれるから、世界一幸せだよ? だから、今日は絶対お兄ちゃんと一緒にご飯作りたかったの。…ひよも、ちゃんと幸せだよ、って。」
「ひよ…、」
…不覚。10以上も違う少女の言葉に、大の大人が泣きそうになるなんて。
「―――ね、パパ!」
………は?
「…パパぁ!?」
…振り向くとそこには、風呂上がりの桐嶋の姿があった。
「あぁもぉ、パパ!ちゃんと髪の毛拭いてこないと床濡れちゃうよ!」
そのしっかりした口調は、いつもの日和のもの。
「ん? あぁ、悪い悪い」
そう言いながら、桐嶋はガシガシとタオルで髪の水気を拭く。
「…おい、晩飯に入んだろうが」
「ん?何だ横澤、お前やっぱり…」
「何だ」
「やっぱりマ…「ふ ざ け ん な 」
桐嶋の言葉の上から被せるように遮り、日和の方を見ると、何とも楽しそうな、嬉しそうな顔をしている。
「ふふ。ふたりとも、仲良しだね。嬉しい」
「だろ?」
「どこが!」
見事なほどに、ふたり分の違う言葉がハモった。それが余計に日和を喜ばせたのか、その後も笑顔が絶えなかった。
―――――……
「…ひよ、寝たか?」
「ああ、ぐっすり。…よっぽど嬉しいんだろうな、俺らの仲が良い事が」
「はぁ?…まぁ、悪いよりはいいだろ」
横澤は恥ずかしさと照れくささを隠すため、缶ビールに口付ける。
「…ひよは家庭円満を望んでるみたいだな。」
「?…ん、まぁ、そうだな…」
「じゃあさ…」
「……、ッアホか!!」
コソ、と耳打ちされた内容は―――
『円満な家庭は、まず夫婦の夜の営みから育まれる絆からだろ?』
(な?ママ。)
(誰がママだ。)
* end *
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