* hatsukoi *
□風邪引き幼なじみ
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あれは、中学3年の秋の始め頃のこと。
「羽鳥、お前家近所だろ。吉野にプリント届けてくれないか?」
帰り際に担任に声をかけられ、半ば強引に渡された数学のプリント。
千秋にこのプリントを見せれば『いい、いい!いらん!!持って帰れえぇ』とか言われそうだな。なんて考えると、どうしても口元が緩んでしまうのは不可抗力だ。
まあ元々見舞いには行くつもりだったし、変わりはない。
千秋には失礼だが、実は嬉しかったりする。・・・久々に2人きりでゆっくり顔を合わせることが出きるからだ。
今日は、いつも千秋にべたべたくっついている柳瀬の姿もない。何故かアイツも風邪らしい。
でもホントいなくて良かったと思う。いたら絶対見舞いに着いてくるだろうしな。
羽鳥は千秋のプリントを鞄にしまい、帰路を辿る。
いつも千秋と柳瀬と3人で帰るので、1人の帰り道はとても静かに思えた。
羽鳥の家と千秋の家は隣同士、つまりは幼なじみ。お互いの家など、第2の実家と言っても過言ではない。
千秋の家の玄関でインターホンを鳴らすと、千秋の母親の元気のいい声が聞こえた。
「羽鳥ですが、吉野の分のプリント届けに来ました」
『あら芳雪くん? ちょっと待ってねー』
数秒たって、パタパタという音と共に扉が開き、何だか急ぎ気味の千秋の母の顔が見えた。 服も化粧も、いつもと少し違う。どこかに行くのだろうか。
「こんにちは。これ、プリントです。・・・あの、吉野は大丈夫なんですか?」
「わざわざありがとう。全然大丈夫よ、ただの風邪なの。馬鹿は風邪引かないって言うのにねー」
どうやら暑がりな千秋は夏場と同じ様にクーラーを付けっぱなしで寝た結果、風邪をひいたらしい。・・・何やってるんだ、あの馬鹿は。
「あのね、私これから町内会の集まりがあるから出かけるのよ。さっき千秋起きてたから、適当に上がってってねっ」
それだけ言うと、千秋の母は足早に家を出て行った。相変わらず元気な人だと思う。
「・・・・・・。」
・・・いや違う。
千秋と2人きり。 本当に、2人。
顔には出ないものの、内面ではかなり嬉しかった。