犠牲の花

□◇兵士◇
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───あぁ、こんな事って



「、…」



後ろから布を掴み上げられ、目の前に現れたのは月明かりで鋭く光る白刃の剣。冷たく感情を宿さない彼の重々しい声に、私は竦んで言葉さえ出て来ない。淡々とミストの子供とセシルは何処かと、痛い目に遇いたくなければとっとと吐けと四方から言葉が降ってくる。この清んだ空気の夜は暗くもあるが、私の目も大分慣れた為、明るくも見える。首の布を掴み上げている彼の他には複数の人影……でもその数に違和感を覚える。ジェネラルを入れたとしても、私が知っている限りでは…ジェネラルを入れて4人。妥当な数だった…なのに此処には2…3人は多い。ジェネラルも1人じゃない、のかな。見えないから確信は持てない。でも、私捕獲用に雑兵を増やした可能性は十分あるか…もちろん、私如き雑兵で十分。よぉく分かってらっしゃることで



「魔導士アネモネ。」

「、」

「王は人に擬態した魔物である貴様の力が必要だと仰せだ。」

「なんの力があるか、我々にはてんで分からんがな」



正直、私自身はバロンに戻った方が安全。それは確かな事だけど…私は私でやらなきゃいけない事がある。安全な場所で、自分の命だけを守っている訳にはいかない。でも、この状況を打開出来るような何かがない。ジェネラルの指示により宿へ向かう兵…あぁ、こんなにどうしようもないなんてね。私を掴んでいる兵と、何人だろう…声からして2人?は私の見張りとして外で待機。…主人公なら、こういのってどうするんだろう?振り払って戦うのか…それとも交渉?…どちらにせよ、私には出来ない。

それでも、彼らは私をどうにかすれば自分達の立場がどうなるかくらい分かってる筈。きっとそこまで馬鹿じゃない。私を脅して大人しく連れて帰るって魂胆であってくれれば、チャンスがあると信じてる。



「随分と大人しいじゃないか?観念したのか」

「…そうだね」

「そんな筈はない。魔導士アネモネは腹の解らぬ女性ですので」

「、は…?」

「貴女が何をしようと、私共が力尽くで城へ連れて行きましょう」

「………おま、え、何、し てん だ」



最悪だ。



「なんの事だか」

「とぼけんな」



こんな奴とやり合えない。



「最悪」



雑兵やジェネラルに、ベイガンが混ざってるなんて、聞いてない。



「ふふ…お気付きになられましたか?アネモネ殿」

「気色悪い」

「これはこれは…私も随分と嫌われたものだ」



くそ、クソッ、クッソ!腹が立つ。焦りだけが募っていく…あぁ…こんな筈じゃ、こんな筈じゃなかったのに!



「大人しく王の元へ戻るのであれば手荒な真似はせん。」

「この状況が、手荒じゃないって?」

「魔物相手にこの程度でいてやっているのだ。有り難いと思われても不思議ではない筈だ」

「貴様もようやく尻尾を出したな!」



思わず鼻を鳴らすような苦笑が出る。さいてー、と呟くと突然後ろから殴られて膝を着く。「化け物が生意気な口を利くな」「今ここで斬り捨ててやってもいいんだぞ」と



「…斬り捨てたかったら、お好きにどうぞ」



そう言って飛んできたのは足。王命で連れ戻しに来てるから、雑兵如きは私を切り捨てられない。斬る事が出来ないと分かっている立場を利用した返事に、きっと腹が立ったんだね。思い切り横腹を蹴り上げられ、地面に転がり声も出ない。あぁ、苦しい、苦しい。

夜闇に私の嗚咽だけが響く。



「これ以上無駄口を叩くな…」



苛立ちを含んだドスの効いた声だ。全く、最初に無駄口を叩いていたのはどっちだか。本当に最低…地面に倒れ込んだまま、起きる気も起きない私を見て、ベイガンがクツクツ笑ってる。相当私のこの状態が愉快なんだろうね…あぁ……いやだな…



「おや…?」

「あなた方は、バロンの…?」



突然聞こえた新たな声。

倒れ込んだままの私はそれが誰なのかも見えやしない…旅の人で、これからバロンへと向かうのだと話していた。



「人探し…それは大変でしょう。これから我が国へ来られるのならまたお会いする事もあるでしょう。その女性の容姿などをお聞かせ下さい。」

「それは有難い…!」

「あぁしかし、訳あって容姿をお話することは控えたいのです…」

「なんと…それではどうやって探しているのです?」

「容姿はお伝え出来ませんが…彼女は【ユタ】と言うお名前で…」



その場の空気が凍り付き、私の心臓も跳ね上がった。



…あぁ、そうだ…あぁ…確かに、彼らなら私と分かれば助けてくれる。きっと、手を差し伸べてくれる。傍から見たら、今の私はきっととても幸運だ。だけど、私この運を掴む事が、私には…恐ろしく後ろめたい。



「その人はどうしたんですか?」

「これは人などではありません。人の姿をした魔物ですのでお気になさらず。」

「人の姿を模した…!?」

「そんな魔物が現れて居るのですか…なんと…」



なんと恐ろしい。



私はまたこの人達を謀るのか…

贖罪もなにもない…



「では、私どもはこれで…」

「ええ、ご武運を」



彼らがバロンへ旅立っていく。これでいい…これで…



「っが、あ!」



雑兵が私の腹を踏み付けた。は?何?

踏み付けたそいつがなにかごちゃごちゃ言っているけどそれどころじゃない。苦しいのと痛いのでぐちゃぐちゃだ。断片的に聞こえたのは『よく大人しく出来たな』『魔物でも空気は読めるようだな』いやクソかよ…



「ッか……ぁ、く……くっずが、……!」



クズが!なんて生きててこの方、他人に言う日が来るなんて思ってもいなかった。潰れて掠れた声だったけど、その直後に、私を呼ぶ声がした。そして突き飛ばされて地面に踏み付けられてから再び突き立てられた剣。



「卑怯だぞ!!」

「ユタを離して!ユタを返してよ!!!」



何が起こったのかよく分からなかったけどセシルとリディアの叫ぶ声で何となく分かった。

逃げてきたジェネラルが私を人質にしたらしい…私側にいた雑兵も何か言ってるけどどうでもよかった。何よりも私は足手まといとなったこの状況が恐ろしく情けなくて、悲しくて、胸が苦しくて言葉なんて出なかった。地面に這い蹲って、俗に言う"床ペロ"と言うに相応しい体勢。踏まれている背中が重苦しくて呻く事しか出来ないでいたら



「やはりユタ様でしたか」



先程少しだけ聞いた…懐かしい声がバロンの兵達を薙ぎ倒し、私の目の前に膝を着いた



「探したんですよ」



あまりの驚愕に声が出ない私と対照的にセシルが声を溢す。



「貴方は…昼間の…!」




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私は許されない事を、したんだよ。


☆更新日2021/11/13

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