犠牲の花
□◇距離◇
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「ああああああああああああ」
「うわッ…!?」
カイポに着いてから、ユタもリディアも眠ったままだった。ついさっき目を覚ましたリディアは宿の女将さんにお風呂に入れてもらっている。…だけど、ユタの様子がおかしい。冷や汗をかいて、とても苦しそうに呻いたり…心配で水を含ませた布で額を拭っていた。…そしたら突然叫び声を上げながら飛び起きた。その勢いで僕を抱き締める形で今、硬直している。
肩で息をしていて無我夢中で整えようとしているようで、多分僕に抱き着いているのにも気付いてない。
…僕も、あまりに突然の事で放心してしまって、状況把握に数秒は掛けてしまった。
「ユタ…ユタ、大丈夫かい…?」
肩にそっと手をかけて、そっと、声をかけた。すると彼女はようやく目が覚めた事に気が付いたのか…ゆっくり、顔を上げた。
「…大丈夫…?」
「………せしる…くん…」
「うん、僕だよ」
僕だと確認をすると、ユタは力無く僕にもたれた。
「ひどいゆめ…」
酷く弱々しい声に…つい、背筋に寒気が走った。こんなにも弱っている彼女にかけてあげられる言葉が、僕には見付からない。ただ…背をさすって「大丈夫だよ」としか言ってあげられない。ユタだったら、こう言う時になんて言ってくれるんだろう…?
「セシル」
「え?」
「私が悪魔だったらどうする?」
突拍子もない問い掛けに思考が追い付かなくて言葉に詰まった。"悪魔"という言葉が頭を巡る。ユタは「ごめん、忘れて」と立ち上がり水を貰いに行くと一歩進む、という所で…僕は、無意識に彼女の腕を掴んでいた。
「、あ…」
「セシルくん?」
「……っ、」
ユタにかけてあげたい言葉が見付からない。"悪魔じゃない"…違う。"大丈夫""守るから""心配しないで"
………違う、そんなんじゃない。
僕は………
「セシルくん」
気付くと、ベッドに座ったままだった僕の前に、ユタが屈んでいた。…その表情は、やっぱり、優しい笑顔だ。
「悩ませるような事言ってごめんね?結構重い夢だったから、つい本当なような気がしちゃっただけなの。」
『気にしないで。』
包んでくれている手が、とても心地いい。彼女が本当に悪魔や魔物だとしたら、それはきっと訳がある筈だ…こんなにも優しい人が、恐ろしい存在な訳がないんだ。
だって、ユタは…
「ユタは素敵な人だ」
「?まさか。」
「素敵だよ。ユタは…僕には眩しすぎるくらい、心美しい人だ。」
「………セシルくんてば、褒めたってなんにもないよ〜?」
照れ臭そうに眉を下げて笑う彼女が本当に素敵だと思う。きっと、黒髪でなかったら、誰がどう見たって普通の女性。それこそどこの国、どこの村にでも居るような一般の…本当に普通の女性なんだ。それなのに何故こんなに身を隠さなければならないのか
「ユターーー!!!」
「んぶっ」
「わわっ…!」
リディアの声が聞こえてそちらを向くと、いつの間にかにお風呂から上がって来ていたリディアが勢いよくユタの背に抱き着いた。彼女が起きている事をこれでもかという程に喜んでいる。ただ、その髪はまだ水滴を残していてちゃんと拭いていない事が分かる。
「もー、リディアってば!髪びしょびしょ!ちゃんと拭いてこなきゃダメでしょ〜!」
「だって、だってユタとお話したかったんだもん!わたしすっごく心配したんだからね!もしユタがあのまま眠ったまんまだったらわたし、わたし…!」
ユタにしがみついて今までの不安を吐き出すかのように泣き出したリディア。その後ろにはリディアの世話をしてくれた宿の女将さん。とても驚いた様子だったけどすぐにリディアの濡れた髪にタオルで捕まえた。
「急に走り出したと思ったら、お姉さんが起きていたんだね」
リディアの髪を揉みながら女将さんが言うに、リディアはお風呂の中でもユタが起きなかったらどうしようとばかり言っていたようで、彼女の事が本当に好きなんだと少し胸が痛くなった気がした。ユタはフードを目深く掴んで女将さんに髪をみせまいとしながら、心配したのはこっちだよとリディアの小さな額を小突く。
「リディアの事、ありがとうございました。」
「いいのよ!こっちこそ、息子が小さい時を思い出してちょっと若返った気分になったから!」
はははと笑う女将さんとユタ。
…こんなにも明るく笑っていてくれるユタに、あんな事を言わせる夢が、一体どんなものだったのか………僕には、皆目検討もつかない。