犠牲の花
□◇混乱◇
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◇混乱◇
爆風で吹き飛ばされ、起き上がった彼女はすぐに燃え盛る炎の中へと駆けて行ってしまった。その背中を見詰め、僕は思った。…もしあの時、彼女の言葉に耳を貸さずに王の命令通り、ボムの指輪をこの村に届けていたら、僕は、きっと…きっと……!
「ッ何故だ!バロン王ーーーーーー!!!」
このやり場のない憤りを、一体どうしろというんだ?目の前に広がる忌まわしき炎に向かって、声の限り叫んだ。何故、こんなにもする必要があるのか理解が出来ない。…いや、今僕が考えるべきはこんな事じゃない…彼女を1人にする訳にはいかない、追い掛けなくては危険だ!
僕はカインと共にバロンと対抗する事を誓い、2人で彼女の後を追って行こうとするけれど炎が予想以上に激しい。これでは、僕らが進める状態ではない。
「火の回りが早い…!これじゃあ進めない…!」
「それでも進むしかない!回り込むぞ、セシル!」
「ああ、急ごう!」
火は行く先行く先で僕達を阻む。ミストはお世辞にも大きいとは言えない辺境の村。なのに随分と遠回りをさせられていて…まるで、僕達が彼女のところへ辿り着かせないようにしているようで、妙な違和感を感じずには居られなかった。その中で出くわす逃げ延びようと惑うミストの村人と僕の見知った顔のない赤い翼の隊員。本当に、バロンで一体何が起こっているんだ…
「召喚士は根絶やしだ!一人も逃がすな!!!」
「やめろ!何故こんな事を…」
「召喚士を生きて帰すな!!」
「話しても無駄だ!やるぞセシル!」
「カイン…!」
「やらねば俺達がやられる!!」
立ちはだかるバロン兵を迷いなく切り捨ててゆくカイン。…本当に、お前が羨ましいよ…僕は、どうしてこんなにも大切な時に限っていつも迷ってばかりなんだ…こんな状況になって尚、彼らを斬ることが億劫だ。もしかしたらこれは夢なのではないか?目を覚ましたら自分の部屋で目が覚めるのではないかと錯覚を起こしている。…でも、彼女は…魔導師アネモネは、信じなくては…守らなくてはいけない。…そんな気がするんだ。一刻も早く彼女に追い付かなくては…!
「お母様、後ろ!!!」
彼女の声が聞こえて、あぁようやく追い付いたのだと安堵する間もなく、目の前にあった光景に驚愕した。紫色の見た事もない魔物が、女性の胸を貫いていた。地面に倒れ込んだ母親に駆け寄り泣き出す子供。ダメだ、此処で怯んではいけない!
「あ…ぁ、ぁぁ………!」
「魔導師アネモネ!」
大きく肩を震わせ、怯えた様子で振り返った彼女。カインはすかさず魔物に攻撃を仕掛けるが…頭に手負いを負わせるも、逃げられてしまう。こうなったら早くこの村から出なくては僕達の命がない。
「早く此処から出よう!」
「立てるか」
「わたしより、わたしより…!」
リディアを、と女の子を案じて手を伸ばす。
「ユタ…お母さんが、お母さんがぁ!」
彼女をユタ、ユタと何度も呼びながら、必死にしがみつく女の子。それを、カインが時間がないと急かすと激しく反発。アネモネがなんと大丈夫と言おうと、女の子は彼女から放れようとせずに嫌だ、それ以上近付くなとその場から動こうともしない。…村が燃やされ、母親を目の前で殺されたこんな状況では、無理もないのかも知れない。
「このまま此処に居ては全員死ぬぞ!それでもいいのか!!」
「カイン!子供だぞ!!そんな言い方は…」
「ッくそ!仕方ない、力尽くで連れて行くぞ!」
「もういやあーーーーーーーー!!!!!」
彼女の腕の中にうずくまり、女の子が叫ぶと…突然大地が激しく揺れ始め…僕達でも立っている事が難しいくらいだ。
「嫌い!!!もうみんな、みんなみんな大ッ嫌い!!!!!」
地震は更に激しくなり、地面が音を立てて裂け…そこから、巨漢が現れ僕達に向かって拳を振り上げた。僕もカインも間一髪で避けきるがこんな状態で2人を救うのは無理だ…!でも、置いていくなんて
先に逃げて───
地鳴りに紛れて微かに聞こえたそれは、確かにアネモネの声で…遠くなった彼女を探し、丁度目が合う。
その目を見ると…僕はもう、彼女の言う通りにするしか、出来なかった。