犠牲の花

□◇予感◇
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◇予感◇





「ふあ…っ」




仕事中にも関わらず、大きな欠伸をした。気が抜けたついでに凝り固まった肩を解すために、ぐぐっと伸びをして姿勢を正してからデスクワークの続きに掛かる。そんな様子を見てか、仲の良い先輩が気を利かせて私に近寄って来た。




「ユタ眠そうだな?」

「え?あぁ、まぁ…眠いけど大丈夫です。」

「そう?最近ずっと眠そうだぞー?寝不足か?」




夜更かしは美容の大敵だぞーと私の頬をぷにぷにしてくる先輩。余計な御世話じゃ。



「やめてください、ちゃんと寝てますよー」

「その隈でよく言うぜー」

「ただ夢見が悪いだけなんですって!」

「え?何怖い夢見んの?」




この人ホントに呑気だな…そうだよ怖いしキモイし困ったもんだよ…まぁ少年と遊ぶいい夢も見るけど、大体気持ち悪い正体不明の生き物がうじゃうじゃ出てきたり指先からゾンビに食われる夢だったり散々だ…いつもあの少年と遊べる夢だったらいいのに…




「うわぁ…そりゃキツイ…」

「安眠したいわぁ…」

「俺の夢見ない程の熟睡を分けてやりたい。」

「やばいな…」




先輩の安定の睡眠力がやばい…羨ましいわ…なんでそんな寝れるのか私には分からない…そんな事より先輩は仕事してください。後ろで同僚の方がお怒りですよ。




***





「…はぁ…疲れたー」




夜道、私は仕事を終えてさっさと帰宅しようと駅に急ぐ。チラリと携帯で時間を確認すると、丁度次の電車に余裕で乗れそうな時間。いつものペースでゆっくりと歩き、いつも通りの時間間隔で駅に着き、改札を抜けるとこの時間も中々の帰宅ラッシュ。人込みを少しでも避ける為にホームを少し歩いて前の方へと移動する。いつもの場所で止まり、電車がやって来る。今日はついてないかな。いっぱい居る。とにかく電車に乗り込み、人込みを避けて奥へと歩いていく。




「(短い)」




隙間を縫って行ったら場所を間違えた。私は平均よりも背が低い。短い吊革は丁度腕を伸ばして届く位置。電車が揺れると私の腕は堪えながらも痺れるのだ。それでも他に掴まる所がないので仕方なく吊革を掴む。…相変わらず疲れる体勢だ。何を考える訳でもなく、いつもの駅に着くまでただ外を眺めていた。

もう眠くて、電車の中でうとうとしていたら車両が突然大きく揺れて、舟を漕いでいた私は当然バランスを崩して吊革を放して尻餅を付いた。いつもならしない失敗に、恥ずかしいやらもうどうでもいいやら…再び吊革を掴んで小さく溜息を吐いて再び外へ視線を向ける。





 《アネモネ》





─何の変哲もない、車両の中で誰かが花の話をしていると片付ければいいような、『アネモネ』の一言で…突然肌に氷を当てられたような寒気で鳥肌がたった。気のせい、ただの偶然だと、その時は片付けた。アネモネは有毒の花…神話だとアドニスの血かアフロディーテの涙だったか…なんて事をボケーッと考え始めて、ようやく地元の駅に着いてさっさと下りて改札を抜けてあとは家まで歩くのみ。もう早く家で眠りたい。ご飯も食べずに寝たい。だけど都合よくあの少年の夢を見れるとは限らない。今日はまた違う酷い夢を見たら…などと思っていたら怖くて寝付けない。いつも通りの、駅前の賑わいを気にもせずに聞き流していた、10:42──…






 《散れ》





ハッキリと聞こえたこの声。それで、私は思い出した。私は知ってる。聞いた事がある。そう分かった瞬間に…世界が姿を失った。









──この声は…最近、ずっと聞いていた声…

 今日も昨日も一昨日もその前も…夢の中でも──










 私を『毒花』だと言い続けたあの声だ。






次→◇夢現◇
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長いながい夢のはじまりはじまり。



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