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□奇跡の男
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中に入ると、漆黒のガウンを軽く羽織り、ソファーにゆったりと体を沈めたボスと視線が繋がった。
「ボス!お飲み物です!」
凜とした声を室内に響かせ、オレはボスの下へ麦茶の入ったグラスを届けるべく、歩み寄る…。
その時だった。
ボスがいるソファーのすぐ側にあるテーブルの脚に、オレのつま先がカツンッ…と当たる。
その打撃は小さいものだった。
しかし…オレの体のバランスを崩す事においては、絶大な効果を発揮した。
一瞬で地面との距離を詰めた視界から受ける恐怖を目前にし、オレは歯をグッと食いしばった。
(このままでは顔面から床に落ちる!しかし、手で受け身を取るわけにはいかない!たとえ顔を強打しようとも、ボスのお飲み物だけは守らねば…!)
ゴッ……!
鼓膜を揺らした鈍い音と、顔面を走る激痛に表情を歪めながら、オレはゆっくりと立ち上がった。
そして、グラスを持つ己の手を見て、目を大きく見開いた…。
「な…っ、ない…!グラスの中身が…ない!」
グラスは無傷だが、そこに注がれていたはずの麦茶が消えている事に、オレは慌てふためいた。
すると、いつも以上に低く、不機嫌さを含んだ声色で、ボスに名を呼ばれる。