BLD

□2日目
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パソコンのキーボードを叩く音以外聞こえない部屋で、俺はボーっと有人さんを眺めていた。
まだ午前中なのになぜこんなところにいるのかと聞いたところ、サッカー部の監督をしているからといって普通の教師のように授業を教えることはしないということだった。所謂外部コーチというものらしい。
そういえば自分の学校にもそんなのいたっけな、なんて考えていると何だかバスケをしたくなってきたのだけれど、なんせ今は追われる身。いつ見つかってもおかしくない状況なのだから、迂闊に外に出られない。
午後からはどこかに連れて行ってもらえるということなので、午前中は家で大人しくしていようと決めたのだけれど。

「…暇だなぁ」

「そんなこと言っている暇があったら本でも読んだらどうだ?
お前の語彙力に少しは変化が出るだろう」

「いやですよ! 文字なんて読んでたら眠くなります」

「まぁ本は読まないにしても、静かにしていてくれ。こっちが集中出来ない」

話している間に一度も顔をこちらに向けない有人さんにむっとしながらも、邪魔しないようにソファに大人しく座る。そうしてみてもやっぱり暇なのは変わらないわけで、あーとかんーとか言ってたら煩いと眉間に皺を寄せながら言われてしまった。

(何だか、面白くない…あ、)

いつまでたってもパソコンの画面とにらめっこしている有人さんに、むくむくと悪戯心が芽生え始める。こうなったら、意地でもパソコンから目を離させてやる!

「有人さん、実は俺、スパイなんですよ。大倉財閥の。」

「…」

「だから、この家の情報全部…」

「面白い冗談だな。
…だがそんな分かりやすい嘘で俺の気を引こうだなんて、お前の脳みそは微生物並の大きさしかないのか」

「…は、」

全て言い終わる前に何故か俺の考えがすべてバレていて、しかもわかっているくせに俺の気持ちに応えようとしない。何て酷い大人なんだ。
本格的に拗ね出した俺は、もういい、と今日のノルマを達成するために鞄からノートパソコンを出した。

有人さんの許可も得ずに勝手にプラグをぶっさしてパソコンを起動させる。
いつの間にかそれ特融の音が聞こえなくなったと思えば、有人さんがきょとんとした顔でこっちをみていた。

「…今からそれをやるつもりか?」

「そーうですけど?」

少なからずイライラしていた俺は有人さんの声にそっけなく返事を返した。
不味かったかな、なんて考えるのは後の祭りだけれど、これ以上遊び道具を取られたら俺はどうやって生きていけばいいんだ。
俺は悪くない、と結論付けて彼に背を向けた。

「それ、追跡されるんだぞ」

「知ってます。でもこれは、ずっと隠して使ってたやつなんで追跡されるとか、関係ないんです」

話しながらパソコンの電源を点けるとお決まりの画面が出てきて、複数のロックを解除する。
…よし、今日も無事ミッションをこなせそうだ。

「今から家の管理システム攻撃するんで、ちょっとだけ何もしないで待っててもらえますか?
一つでも間違えるとこっちの居場所を知られかねないので」

「…お前は何がしたいんだ」

「別にデータを消すとか、財産ばらまくとかそんなんじゃないですよ。
ただ、俺へのあらゆる通信手段を遮断して、追跡できないようにするだけです。簡単に言うなら、ハッキングですね」

「そんなに簡単に言うが…出来るのか?」

再び眉間に皺がよった彼に、それとは対称的な悪意さえも感じさせるような笑顔で、こう言った。

「まぁ…。
こういうのは内側から攻撃しようとするとダメなんで、正面突破します」

「はっ??!」

見ていて下さいとだけ言うなりパソコンと向き合う。
もう完全に、仕事モードに突入していた。

いつものように、最初のロックを解除していく。続いて二つ目、と順調に事を進めてゆく。
こんなに簡単に外せていいのかと思うかもしれないが、こんなのはまだまだ序の口。
問題は、この次だ。いきなり書式が変わり、入った瞬間に、最新のハッキングブロックシステムとタイマンを図らなければならないのだ。
気付かれたが最後、もう二度とシステムをハッキングするチャンスは訪れないだろう。

(よし、集中!!)

そこまで考えて、漸く今まで自分が息をしていなかったことに気付く。余程集中していたのだろうか。

既に疲れ切った指を奮い立たせ、とうとう本日のメインまでたどり着いたことを知らせる画面へと向き合った。




(ここをこうして…あっ違う、こっちで…)




「お、終わったぁぁぁ…」

「お疲れだったな。
思った以上に速くて驚いた」

くたりとソファに寄り掛かると、いつの間にかいなくなっていた有人さんが紅茶を持ってきてくれた。
パソコンの画面には、"misson compreat"の文字が。

「へへっ、ありがとうございますー
これで暫くは追跡されなさそうです」

「…だといいが」

始めてから今までそんなに時間が経っていなかったようで、時計の針はまだ午前を指していた。
集中して疲れたし、寝てもいいかななんて思っていると、俺の異変に気が付いたのか有人さんが優しい声で大丈夫かと聞いてきた。

「ちょっと眠いだけで…だいじょぶ、です…」

「まぁ朝も早く起こしてしまったし、少し眠るといい。
…今日はお前の頑張りに免じて、俺の用が終わったら外でバスケに付き合ってやろう」

その言葉に一気に目が覚めた俺だが、起き上がることは有人さんの腕によって阻止された。

「だが今は寝ろ。終わったら起こしてやる」

「分かりました、絶対ですよ?!」

「あぁ」

その言葉に些か不安を覚えたものの、どうにもこうにも彼には逆らえそうにない。
しぶしぶ、じゃあおやすみなさい。といって俺は期待を胸に眠りについた。






結局、有人さんの仕事が終わらず約束が果たされなかったのは、また別の話。









2日目-1!





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