短編2

□幸福輪廻
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つかつかとヒールの音を鳴らしながら、懐かしい学舎の廊下を早足で歩く。
急遽会社を休み、なぜこんなにも急いでいるのかと言うと、今日は大切な弟の授業参観が行われているからである。
今年、初等部の一年なったばかりの弟。
無事友達も出来て、楽しく学校生活を送っている様に見えていたが、やっぱりなあ…と一人苦笑い。

彼は私に対して気を使いすぎなんだ。

年の離れた弟。
きり丸にはたくさん我慢をさせてしまった、と姉は少し情けなく思う。
幼いなりにも回りを理解しようとして、無理に大人びてしまった弟は、私に対しても遠慮するのだ。
両親が他界してから、変わってしまった環境。小さいくせに私の心配ばかりして、泣き虫なのも我慢して。

まったく出来た弟、今日だって教えてくれたらよかったのに。
きっと私は忙しいからと幼い弟は考えて、結果、授業参観の手紙を見せないという結論に達したようだ。
私の後輩であり、きり丸の同級生の怪士丸君の兄である雷蔵から連絡を貰ったのが、今回の事の発端である。


「怪士丸が、きり丸が元気ないって言うので気になって」


連絡しようか迷ったんですけどね、と受話器の向こうで苦笑する彼のお陰で私は今、ここにいる。
1年3組、きっときり丸は驚くだろうなあ。想像もしていない相手がこの場にいるのだから。

ねえ、きり丸。
私はね、あなたにもっと甘えて欲しいよ。
今まで我慢させてしまったけど、社会人になって独り立ちして。もう辛い思いをさせたくないから、お姉ちゃんとっても頑張りました。だからさ、少しずつあなたの願いを叶えてあげたいな。
もう、昔あなたを守れなかった無力な姉ではないのだから。
不意に甦る焼けた村の風景、それが何なのか私には分かっている。立ち尽くすきり丸を覚えている。運命は繰り返し、神様はまたも両親を奪ったけれど、きり丸を弟として授けてくれるだけの慈悲は持ち合わせているようだった。

今はもう、それだけで十分。



ひょこ、と教室の後ろから顔を出すと、乱太郎君のお母さんが、こっちこっち!と手招きしてくれる。それに甘えて隣に立たせてもらうと、教壇でチョークを握っていた担任の土井先生と目があった。にこり、と笑う彼。

教科は算数。きり丸の得意分野だ。



「さあ、この問題わかる人!」

はいはい!と伸ばされるよい子達の手、自ずときり丸の手も伸ばされて、ぶんぶんと横に振る。問題に答える事に必死で、私にはまだ気づいてないみたい。
つくづく優しいなあと思うのは、土井先生がそこできり丸を指名したこと。余裕で正解すると、隣の席の団蔵君が弟をちょんちょんと叩いて私を指差した。

驚くきり丸、満面の笑みの私。
思わずピースサインをすると、小さく彼からもピースサインが返ってきた。
これだけで、今日はこれてよかったと思えるのだから、私ってば相当のブラコンかも。


授業後、帰りのホームルームが終わるまで正門で待っていた私に、弟は全力疾走で抱きついてきた。恥ずかしがりのくせに、よっぽど嬉しかったのだろうか。

「お、ねちゃん!おれ、いってなかったのに…!」
「ざーんねーんでーしたー!お姉ちゃんはなんでもお見通しなんです」
「だって、おし、お仕事…!」
「仕事よりきり丸の方が大事に決まってるでしょう?それに大丈夫よ、いつも迷惑かけられてる分、借りを返して貰っただけだから」
「借り…?」



きり丸は知らなくていいの!と頬をつねると、やめろよーと頭を振る。
今日は頑張ったから、夕食はきり丸の好きなものにしようね、と手を差し出すと、いつもはおれこどもじゃないよ!なんて言うくせに、顔を真っ赤にして繋いでくるものだから、にやにやが止まらなくて鼻歌さえ歌ってしまった。


「当分は弟離れできないなあ」
「ねーちゃん、ハンバーグにしよ!ひき肉やすい!」
「あ、ほんとだ。」



商店街に影二つ。
いつか君が、私の背を追い越してしまうまで。
あなたを私に守らせてね。

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