短編2
□車×少女(仮)
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外から元気な声が聞こえる。
その声の主は一人しか思い当たらず、自然とため息が零れた。
つい一週間前、突然迷い混んできた異世界の少女は、何かと私の心を掻き乱す。
「ドックードックー!おはよう、ドック!」
「ああ、おはよう。今日はメーターに遊んでもらえ」
「ドックはそればっかり!今日はドックに会いに来たのに」
「今会った。ほら早く行け」
「むー。ドックー」
「なんだ」
「大好き」
そう言って走り去って行った少女の後ろ姿を横目に、2度目の深いため息がもれた。
この町に"落ちてきた"彼女は開口一番、ずっと貴方に会いたかったのと涙ながらに訴えて、私を困らせた。
そのときから高鳴り続けている鼓動は一体なんなのだろうか。
今じゃ涙の欠片も見えなくなり、その可愛らしい笑顔を振り撒いて、彼女はラジエータースプリングスのアイドルと化している。
先程の一言も、実は恥ずかしさに耐えながらだと言うことはわかっているんだ。
耳が赤くなっていることに気づいているのに、見ないふりをしている。
それでも、一時の気の迷い、こんな古い車など好きになるはずがないと言い聞かせている自分自身に、嫌気がさした。
きっと赤い教え子が帰ってきたら、彼女もここには来なくなるだろう。
私の事など忘れて、幸せな……そう思うと、気がつけば醜い嫉妬が渦巻いていて、胸が張り裂けそうになった。
結局、気持ちの整理はついているのだ。
ただ…認めたくないだけで。
「そろそろ、自分の気持ちに素直になったらどうですかねえ」
「シェリフ、滅多なこと言うな。ガスケットがぶっ飛ぶぞ」
「…好きなんでしょう、彼女のこと。この際、歳とか異世界とか、そういう考え捨てたらどうです?」
彼女もそんなこと気にしちゃいませんよ、そう笑う友人は、励ますようにクラクションを鳴らして、持ち場に戻って行った。
「フローさん。ドックはやっぱり私のこと嫌いかしら」
「なあにいきなり。そうは思えないけど」
むしろ、貴女のことが好きで好きでしょうがないって顔をしていると思うけど?とは口が避けても言えないが、きっと周りもそう感じているのだろう、シェリフもため息をついて彼女を見た。
「お互いがお互いにそう思ってちゃ、進展するものもなかろうよ」
「お互いに?」
「そりゃ、本人に聞いたら良いさ」
むう?と首をかしげる少女にメタリックな車体が話しかける。
「眉間のシワはないほうが可愛いぜ、嬢ちゃん」
「ラモーンさん、私ラモーンさんのこと好きだよ」
「そーかいそーかい!ありがとよ」
「でもね、ドックとは違うの。ドックの好きはラモーンさんやメーターへの好きじゃないの。」
わかってもらえないの、と涙ぐむ少女にフィルモアは優しくそりゃ、愛だね。と微笑んだ。
「ああ、そうだな。愛の塊さ、なあドック?」
「え…?」
きがつくと、渋い顔をしたドックがゆるゆるとV8カフェに入ってきた。
今までの会話を聞かれていたのだろうか。思わず固まってしまった私の背中をフローが押した。
「わ、ちょフローさん」
「ドック、そろそろ素直になんなさいよ。応える気がないのなら、その優しい眼差しやめなさいな」
「…フローさ、?」
「……私で良いのか」
「っ、え?ドック…?」
「一度は見捨てられたレーシングカーだぞ。型は古いし、若くない。君に似合う男ではない」
「似合う似合わないなんて、私には関係ないわ…ただ、私は…貴方のそばにいたいの…」
ドックが好きなの…と耐えきれず零れた涙は、地面にぽたぽたと染みを作った。
皆が固唾を飲んで見守る中、ドックが静かに口を開く。
「…私も気が変わったようだ」
「え、」
「もう手を伸ばさずに後悔するのはやめた。手の届くうちに、お前を私のものにする。坊やに取られるのもまっぴらだしな」
「それって、つまり」
「お前を愛してるということさ」
「ドックー!!」
にっこりと微笑む仲間たちと、ため息をつくドック。
穏やかな雰囲気の中、遠くから教え子の帰還を知らせるクラクションが聞こえた。
車×少女
(お前の世界であるような愛情表現はできないぞ)
(あら、でもキスはできるわ)
(ませやがって)
*