短編2

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サイン会場には、すでに人が多く集まっていた。
老若男女問わず、皆サインを楽しみに待っている、そう思うと嬉しくなって自分もそそくさと列に並ぶ。
どうか、どうか何事もありませんように…そう祈りながら。


「そろそろか…やっばい、緊張で胃が出そう」


そんな独り言は誰にも聞かれずに済んだようだが、ドキドキは収まらず…キュッと手を握りしめた。

「開始いたします!はい、ゆっくり進んで下さーい。」


スタッフさんの声にゆるゆると列が動き始めて、さっと周囲を確認すると…ちらりと先生の横に立つ笠原さんが見えた。
うん、この調子なら30分もすれば先生の前まで行けるだろう。

大好きな作家さん、先生になんと伝えようか。ドキリと跳ねる胸を押さえてとりあえず深呼吸。
任務中であることは、忘れてはならない。そう言い聞かせながらも、一人うずうずしていたとき…何となく見られているような気がして、もう一度辺りを見回した。

目が合ったのは、少し先にいる女子高生二人組。
きっとサインをもらったのだろう、大事そうに本を抱えていて、とりあえずニコリと愛想笑いを返す。
でもその瞬間、物凄い勢いで反らされたので、さすがの私も少しへこんだ。


「…わた、えと、僕やっぱり変なのかな」

一人称を言い直し、はあ…とため息を付くとまた一歩、先生へ近づいた。

今の所、不振な動きをするような人物は見当たらず、列の後方は大丈夫だなと安心していると、つんざくように突然響いた悲鳴。


「笠原!」

「はい!」


何事かと前方を覗くと、サイン列真横にカラーボールを構えた男が二人。
顔は見えないが、秩序を乱すだの、不謹慎だの騒ぎ立てているようで、もう嫌な予感しかしなかった。




「覚悟!!」


そう先生目掛け放たれたボールは、かばった堂上教官の背中にべったりと張り付いていて、手前にいた男を笠原さんが投げ飛ばし、うつ伏せに押さえこんでいた。



「っ、教官!」

「くそ!小牧!」

「わかってる!」


勝ち目なしとふんだのか、もう一人は仲間を残し、列後方に走ってきた。

逃げる犯人、追いかける小牧教官…私は今の状況などすっかり忘れて、チャンスとばかりに体制低く犯人の懐に突っ込んだ。
鳩尾に一発、うつ伏せに押さえ込んで腕を捻り上げる。


「観念しろ!」

「ぐあ!離せ!」

「腕をもぎ取られたいのか」


冷たく一言いい放ちながら、また軽く腕をひねる。
…そういやこんなセリフ、先生の作品でもあったっけ。


最初はもがいていた犯人も、どうやら観念したようで大人しくなった。

駆けつけた小牧教官に引き渡そうと見上げると、彼は笑い上戸を越えたなんとも言えない表情で…一言「ご協力、ありがとうございます」と敬礼した。


…その瞬間、私が青ざめたのは言うまでもない。




いいか、絶対に目立つな。
(副隊長…もしかして)
(あの人が制服の使用許可なんぞ取ってる訳がないだろう。いいか、目立った行動はするなよ)


((しまった…目立つなって言ってたじゃない…!))

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