短編2

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返信の通り、カウンター業務にいそしんでいた私の前に、彼は姿を現した。
きっと今日も仕事の合間に来たのだろう、胸元のネクタイを多少緩めながらまっすぐこちらに向かって来る。
オーダーメイドなのか、微塵の隙も見せないスーツ姿に、振り返らない女性はいないんじゃないだろうか。

「カウンターにいてくれたんだ」

「…たまたまです」



本当ですよ、と言うとわかってるよと笑われた。
とっさに子供っぽい反応をしてしまった…ええ、お待ちしてましたよ?くらいかましてからかってやればよかったかも、なんて少し後悔。
今日もレファレンス希望なのは分かっているので、カウンターを出て歩きだす。

流石といったところか、ちゃんと私の歩幅に合わせてくれているのが、なんだか慣れなくて恥ずかしい。



「今回は児童文学なんだけど」

「児童文学…ですか?」




驚いてとっさに立ち止まる。
正直、以外だった。
今までレファレンスをしてきて、彼が凄い勉強家だってことも、守備範囲が広いことも知っていたけれど、児童文学まで読むなんて。

私の大好きなジャンルにまで、範囲を広げてくるなんて。


「特にこの作家なんだが」


カバンから出された本に思わず目を疑う。
相変らすピンポイントで好みを突いてきた、私の大好きな作家だ。


「著書が多すぎてね。是非君のお勧めを聞きたいんだが」

「…お勧めって、それはもうレファレンスじゃないですね」

「じゃあ、今のところ友人ってことでどうかな。勧めてくれるかい?」



今のところ、ねえ…。
たぶん、この人は私がこの作者のファンだって知っていて聞きに来てるんだろう。
誰から聞いたのかまではわからないけど、きっと問い詰めても曖昧にほほ笑むだけだと分かるので、深くは聞かない。
仕方がないので2冊ほどみつくろって手渡すことにした。


「この人の代表作一冊と、シリーズ物の一作目です。一冊完結なので、何処から読んでも基本面白いですが…お勧めをとのことでしたので。私の好きな本を選ばせていただきました」

「うん、ありがとう。読ませてもらうよ」


本を受け取って中のページをぱらぱらとめくるので、そのまますんなり貸出カウンターまで行くのかと思い、それではと踵を返したら…待って、と手を掴まれた。
実はまだ本題を話していないんだ、なんて言われて首をかしげる。



「本題?」

「ああ、明日の夜。君をディナーに誘いたいんだが、だめかな」

「え?」

「贔屓の店を予約してあるから、断られてしまうと俺の面子が潰れるんだけど。女性を連れていくと、店側には連絡してあるんだ」



俺の顔に泥を塗らないためにも、さ。なんて…やっぱりこの人、策士だ。






逃げ道は作らない。逃がさないけどね。
(拒否権はないってことですか)
(まあ、そうなるね。それに次の日は公休だろう?時間外外出届は一応出しておいてね、ちゃんと送っていくけど)


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