短編2

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寮のベッドで名刺と睨めっこしていたのは、もう30分も前のこと。
そして今、メール画面で送信ボタンを押せない自分がいる。
本文には、名前と電話番号…そして社交辞令でしかない、いつもレファレンスご利用いただきありがとうございます、の一文。

たったこれだけ。3行で済んでしまう、色気も全くない簡素なメールが…なぜか送れない。たかがボタンひとつ押すだけなのに。



「あ―…もう。これじゃ私が意識してるみたいじゃない…」


ごにょごにょ独り言を言いながら、枕に顔を擦りつけた。
そんなに意識する必要なんてないぞ、連絡先の交換なんて初めてじゃないでしょ。と何とか自分に言い聞かせ、結局メールを送信出来たのは、名刺を取り出した1時間後だった。



「送ってしまった…」



ルームメイトが外泊中で心底よかったと思う。色恋沙汰なんて皆無だった私が、こんな独り言…噂の種になるに決まってる。
枕に突っ伏して、あーだのうーだの言っていると、途端に枕元の携帯が震えて、メールの受信を知らせた。
サブディスプレイに映った名前に、どきりと体がはねる。
メール内容は、なんてことないたった数行なのに、顔が熱くなるのは何故なんだろう。


「あ、う…」


(メール送ってくれて嬉しい、ありがとう。本当はすぐにでも声を聞きたいのだが、今は手が離せない。来週、また図書館に顔を出します。その時は必ずカウンターにいて下さい、またレファレンスお願いします。それでは)


「来週、か…」



必ずカウンターになんていられる訳ないじゃない…と文句を言いながらも、何だか少しだけ、ほんの少しだけだけれど、嬉しい。


「って何を考えてんの私。あ―だめだめ」



返事もしないで携帯をほん投げた。
そして頭まで布団を被る。




傾き始めた天秤
(あまりからかわないで、本気にしちゃう)
(早く君を手に入れたいよ)


*

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