いつわりびと空
□それは遠い昔の物語。
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嗚呼、今度こそ死んだな。
腹に深々と刺さり身体を貫通する刀を抜きながら、溢れるように流れ出す血を見て人事のように呟いた言葉がやけに遠く感じた。
脚の力が抜けて硬い土の上に倒れ込むと、放心していた鳥頭目が近寄ってきた。
「蝶…左…?」
「…ンな…情けねぇ顔…してっから…すぐ、殺(や)られるワケ…。」
「……死ぬの?」
「…縁起悪ぃ…。」
そんなこと、俺が一番よく分かってる。
鳥頭目を窘めようとした声は情けない程に弱々しく震えていて、俺の命がそう長く持たないことを明確に示していた。
地に伏せたままで生き絶えるのも屈辱だ、と腕に無理矢理力を込めて寝返りを打とうとしても、もうそんな力さえ残っていなかった。
そんな俺に気づいた鳥頭目が、俺の身体を仰向けにして両腕で上半身を抱き抱える。
顔を押し当てられた肩の布が、じわじわと湿っていくような気がした。
「……泣い、て…じゃねぇ…。」
「…内定無い。」
「【泣いて、ない】…だろ…。」
「ごめん。ごめん、蝶左。俺が、ぼんやりしてたから。ごめん。死なないで、俺、蝶左がいないと…!」
顔を上げた鳥頭目はボロボロと堪えることもなく涙を流していて、俺の顔に幾つか水滴が落ちてきた。
頬を伝って流れ込んでくる涙はしょっぱいはずなのに何故か甘く感じられて、味覚さえも壊れてしまったのかとぼんやり考えた。
泣きじゃくる鳥頭目の向こうから、黒羽達が走ってくるのが見える。
なぁ黒羽、今度こそ上手い嘘でこいつを騙せよ。
こんなに精神がボロボロじゃすぐに死んじまうぞ。
いや、心配なんかしてねーワケ。
こいつが死んで困るのは黒羽達だろ。
こいつ、馬鹿だけど腕は立つからな。
「−…〜。」
俺の最期の声は、風に流されて消えていった。
『…鳥頭目を…頼む…。』
蝶左。
お前の声はしっかり僕に届いていたよ。
今まで、ありがとう。
みなもが視た通り、鳥頭目を守って死んでしまったんだね。
でも、後悔はしていない。
そうだろう?
君の手は血に塗れてしまっていたかもしれないけれど、それが君自身や僕達を守る為だってことはよく分かっているよ。
鳥頭目のことは任せておいて。
きっと僕がなんとかしてみせるから。
「鳥頭目、泣かないで。」
「黒羽…。」
「蝶左はね、鳥頭目を守って死ねて、とても嬉しいと言っているよ。」
「そんなわけないだろ!なんで、死んじまったのに…嬉しいわけないじゃん!」
ゆっくりと冷たくなっていく蝶左を力いっぱい抱きしめて、鳥頭目が空を仰いだ。
ぽろぽろと涙を流すその目に、いつものような光はない。
みなもが心配そうに近寄ろうとしたけれど、どんなに慰めても何の意味がないと察したのか際刃に止められている。
どんな慰めも同情も届かないのならば、僕は。
「鳥頭目。蝶左はね、遠くに行ってしまったんだよ。遠い場所で、僕達が来るのを待ってるんだ。」
「俺も行く!それ何処にあんの!?」
「ずっとずっと遠い場所さ。そこはね、幸せになれた人しか行けない場所なんだよ。」
「幸せ…。……蝶左は、幸せだったのか…?」
「当たり前だよ。だって、大好きな君を守って死ねたんだから。」
「……幸せになったら、また蝶左に会える?」
「きっとね。…だから、君は生きなくちゃならない。蝶左が守ってくれた命を、無駄にしちゃいけないよ。」
嘘なんて言えないような子供だまし。
幸せになれば蝶左に会える、なんてふざけたことを言い過ぎたかもしれない。
それでも、鳥頭目の瞳に光が戻ってきたのを感じた。
ゴシゴシと目元を擦った鳥頭目がまた空を見上げる。
そして笑った。
「蝶左ー!俺らもすぐそっち行くからなー!耳洗って待ってろー!」
「耳じゃなくて首だ。」
「……おしい。」
「おしいのか…?」
「さ、早いとこ蝶左を弔おう。」
いっぱい泣いて、いっぱい笑って、ちゃんと見送ってやろう。
それから、また宝を探す旅に出よう。
僕たちみたいな悪人が、幸せになれるなんて思わないけれど。
「みんなで、蝶左のところに行こう。」
「おう!」
「はい。」
「……うん。」
どうか、この嘘だけは本当に…。
そう願わずにはいられない。
蝶左。
もしいつかお前に会えたとしたら、僕は鳥頭目をまたお前に押し付けるよ。
僕に、鳥頭目のお世話はできないみたいだからさ。
緑色の蝶がひらりと飛んできて、青い空に消えていった。
「っていう【おま】を見たんだ。」
「【夢】な。もういいからお前は一生寝てろ。」
「俺の永眠「【安眠】。」安眠邪魔したくせに先生ひでー!」
「いいから永眠してろ。」
文句を垂れる鳥頭目の頭を持っていた教科書の角で叩く。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ授業妨害小僧を放って授業を進めていった。
「(あの馬鹿。放課後呼び出してやる。)」
夢の内容はその時に詳しく聞いてやろう。
俺も、また何か思い出すかもしれないから。
【それは遠い場所での物語。 終】
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