イナズマイレブンシリーズ

□妄想と理想は行き違う。
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世界大会が終わって、数年季節が巡った。

「気がする」

俺はまだサッカーを続けていて、鬼道くんとの歪んだ関係も続いている。

「たぶん」

高校生になっても俺たちの関係は何も変わらなかった。
いいマンションを探すのが面倒だったから、なんて嘘をついて家に上がり込んでも鬼道くんは文句を言うだけで追い出そうとはしない。
だから住み着いてやった。
それでも、俺と鬼道くんは何も変わらない。
変わるだけの何かがなかったんだろうと、今はこんな現状も受け入れられる。
お互い同じ部屋にいても何か特別なことがない限り何も話さない。
目すら合わない。
こっそり盗み見た横顔が、日に日に俺の知らない鬼道くんになっていくみたいで変な気持ちになった。

鬼道くんの家にいるのが辛くなって、夜遊びをするようになった。
真夜中に帰ると絶対に鬼道くんがわざわざ説教のためだけに起きてくる。
いつのまにか、それだけのために鬼道くんの家に行くようになっていた。



「…あー…目に優しくねぇ…」

夜。をとっくに過ぎた時間。
変なことを考えすぎて公園で寝ちまってたらしい。
夏ほどじゃないにしても今の時期は朝日が目に痛い。

「…どうせこんな時間に行っても…鬼道くん学校だしなー…」

因みに、俺も学校は普通にあるけど単位だけ取ってればいいからあとは部活にしか出ない。
鬼道くんがいないなら行く意味はないけど、とりあえず服を着替えに行こうと立ち上がった。

朝日が痛い。



夜遊びをし始めた頃にもらった合鍵で部屋に入る。
入ってすぐに、違和感に気づいた。

「……?」

鬼道くんの学校用のくつが綺麗にそろえられて置いてある。
時間はとっくに一時間目が始まった頃だ。
別のくつをはいていったのかと勝手に納得してリビングに入ると、鬼道くんがソファに寝ころんでいた。

「は?」

学校が休みになったなんて話は聞いてない。
鬼道くんは無駄に律儀だから、俺が何も言わなくてもいつどこに行ってくるだのいつ帰ってくるだの飯はどうしろだのいろいろメモに書いて俺の机の上に置いていくことがくせになっている。
昨日の朝は何もなかったから今日は特別何もない日のはずだった。
普通に顔を合わせるのは気まずい。
やることやって早く出ようと思っていたのに、ソファから離れることも数か月前からg−グルをつけなくなった鬼道くんの顔から目を逸らすこともできなかった。

久しぶりに正面から顔を見た気がする。
興味本位で手を伸ばしてみると、何年か振りにその頬に指先が触れた。
じんわりと指先から掌へ温もりを伝えていく。
こんな風に触ったのは、この家に居座るようになってから数ヶ月経った頃だったと思う。

気持ち悪いぐらいに何も変わらない日常に飽き飽きして、このソファで本を読んでいた鬼道くんを押し倒した。
キスまでしてやったのにきょとんと間抜けな顔をしただけでろくな反応も返さない鬼道に全部の力が抜けてすぐに部屋に引っ込んだのを覚えてる。

「……う…」

「!!」

「…ふ、どう…?」

「起きたのかよ、きどーくん」

「…ああ…」

ん?
いつも通り生意気な奴を演じてやったのにいつもの怒声が飛んでこない。
「こんな時間まで何をしていたんだ!答えろ不動!」ぐらいは言ってくると思ったんだけどな。
当の本人は目をうっすらと開いただけで、ぼんやりと天井を見上げている。
掌から伝わる体温がやけに熱いことに今更気づいた。

「…きどーくん」

「………なんだ不動」

「熱」

「?」

「熱いよ、きどーくん」

試しに額にも触ってみようかと思ったけど、さすがにそれは触りすぎだと手を引っ込める。
机の上には何が何だかよくわからない書類が散乱していた。
このまま放っておいても、どうせ鬼道くんのことだからしばらくすれば治るだろう。
その方が鬼道くんの知ってる【不動】っぽいかもしれない。

でも。

「………」

「…ふど」

「黙ってろよ。風邪なんかひきやがって。手間かけさせんじゃねー」

俺の身体は勝手に動き出して、鬼道くんに肩なんか貸しちゃって部屋に運んだりしようとしていた。

【不動】なら、ここで手を放して無様に這いつくばる鬼道くんを嘲笑してやるのかもしれない。

「ほら、さっさと寝てろよ」

「……学校…」

「は?」

「…今日は、大事な集会があるんだ……生徒会長がいないと…話になら、な…」

「………」

満足に体を動かせないまでになってそんなことを言い出した鬼道くんは、最後まで言い切ることなく限界を迎えて何もしゃべらなくなった。
そういえば、このバカは生真面目の度を超した生真面目な奴だった気がする。

そんなの気にしてられねーよ。
【不動】が、そう鼻で笑った。

俺は電話を手に取る。
学校への電話番号は、律儀に電話のすぐそばのメモ帳に書いてあった。


「…もしもし」

『もしもし、○×高等学校です』

「…今日、鬼道有人は体調が悪くて休みます」

『……君は誰だ?』

「鬼道の…」

言葉に詰まる。
俺はなんだ?
俺は【不動】だ。
それ以外の何でもない。

「……しりあい、です」

『そうか…今日は会議があるのに困ったな…頼んでいた書類はできているのか…?』

聞こえてるよ馬鹿。

『わざわざすまなかった。お大事にと伝えておいてくれ』

俺がボタンを押すまでもなく電話が切れた。
何の感想も浮かばずに受話器を戻してソファに座る。
散らばった書類を一枚一枚並べて重ねていく。
ご丁寧に、左下の隅に数字が書いてあった。

「………くだらねー」

どうして俺がこんなことしなきゃならねーんだか。
適当に手に取った書類を、少しだけ破いてみる。
裂け目の入った紙は、あと少し力を入れるだけで何の意味もない紙屑になってしまうだろう。
生徒会長がやらなくてもいいような、なんの重要性もない仕事。
こんな仕事ばかりに鬼道くんが時間を使ってるのかと考えると、また【不動】が嘲笑を浮かべた。

紙束を机の端に寄せて、鬼道くんの部屋に入る。
熱が上がってきたのが薄暗い部屋でもわかるほど頬が赤くなっていた。

また指を伸ばす。

【不動】が嗤う。

腕をとめる。

【不動】が嘲った。

腕は停止したままだ。

俺は、いつまで【鬼道が知っている不動】でいればいいんだ。
そんな馬鹿なことを考える俺を嘲るように、【不動】が部屋を出ていった。

俺は腕を伸ばす。
【不動】に反抗するように、鬼道くんの頬を撫でた。


「きどーくん」


「きどーくん」


「きどー、くん」


俺はいつまで、【不動】でいればいい?



 
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