イナズマイレブンシリーズ

□足りない温もり。
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妹を守りたい。ただそのために技術を磨き続けた。

サッカーに惹かれていたのは院にいた頃からだったが、気づいた時には白黒のボールを追いかけることが義務になっていた。
勝つことだけが目標になっていた。
今は、それが間違っていると諭してくれた奴らと一緒に義務でも目標でもないサッカーをしている。

それなのに。

充分な毎日を送っているはずなのに、何かが足りないと思う時がある。

生物が栄養をエネルギーに変えることぐらい大事なこと。
生物が酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことぐらい当たり前なこと。

それが足りないせいで、少し息苦しい日々が続いている。

何度考えても何も思い出せないということはこれ以上考える必要もないことなのだろうが、ふと気づけばそのことばかりを考えている自分がいた。


不可思議なことはもう一つある。


右のポケットに手を入れると、少し傷んだ紙が指先に触れた。
どこで手に入れたのかも忘れた紙には、綺麗な柔らかい字が並んでいる。
少し迷って、グラウンドにいる全員の死角になる場所にいることを確認して白い封筒を開いた。

【きどうくんへ】

偶然にも、今の俺と同じ苗字で始められた手紙には、とりとめのない世間話が綴られている。
幼い頃は平仮名や片仮名しか読むことが出来なくて、整った手書き文字で形成された最初の一行を読むだけで精一杯だった。
その数ヶ月後に、自分の苗字が鬼道に変わったと知った時はどんな運命だろうと幼いながらも驚いたものだ。


【俺それそろ死ぬと思う。ごめん。愛してる。】

最後の行に綴られたこの文面を、完全に理解できるようになったのはそれから何年か経ってからだった。
この手紙の差出人は、何か重い病気を抱えていたのかもしれない。
ただの憶測に過ぎないが、この一行に様々な感情が込められていることだけは感じられた。

小さな時は跡継ぎになるために必死だったから、この手紙の何てことのない言葉に励まされた時もあった。
少し丸めの文字に優しさが感じられて、何か辛いことがあるたびに読み返していた。

幾ら大事にしていると言えども、物質の劣化はどうしようもなく、子供っぽい模様が散りばめられた便箋は少し茶色く変色してしまっている。
それだけ俺が読み返し続けたということになるんだが、小さな頃と同じことを繰り返し続けているというのは少し複雑だった。


「休憩終わりー!練習するぞー!」

円堂の声がグラウンドに響く。
あちらこちらに散らばっていた部員がそれぞれ声をかけながら円堂の周りに集まっていく。
キャプテンの言葉に逆らう理由もなく俺も立ち上がった。


楽しそうに、そして無邪気にサッカーを楽しむみんなを見ていると、これが本当に俺のやりたかったことなのだと心底思う。

それなのに。

どうしてか、またあの違和感がそれを肯定することを邪魔する。
これが望んでいた一番の結果なはずなのに、何かが足りないと、まだ終わってはいないと本能が告げてくる。

よくわからないもやもやとしたものを抱えながら、折れ曲がらないように慎重に右ポケットに入れた封筒に触れた。


【足りない温もり。 終】


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