イナズマイレブンシリーズ

□人の手の温もりによく似ていた。
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人の上に立つ。
それがこの世で一番うまく生きていく方法だとこの世界に教えられた。
生温い感情なんかに惑わされて、すぐに波に呑み込まれてしまった奴らを俺は知っている。

人の上に立てば。
生温い情や関係に惑わされずに、ただ下にいる奴らを見下して生きていくことができた。
反抗する馬鹿な奴らは権力と実力で捻じ伏せた。

結局のところ、世間一般で成功したと言われる奴らはみんなそういう風に生きてきたんだ。


首筋を撫でていく風が予想以上に冷たくて、家を出たばかりの俺はすぐに手をポケットの中にいれることになった。
がさり、と、無機質な何かが手に触れる。
いつから持っているのかも忘れてしまうほど前から持っていた紙切れだった。
そんな紙切れを手放せない理由はもちろんある。

【不動へ】

整った厳格な字で書かれた宛先が自分の持つ名称でなければ、いくら小さな時から持っていたものでも簡単に捨ててしまっていただろう。
とりとめのない、電話でかわすような言葉を断片的に投げかけてくる紙切れを捨てようとは思えなかった。
自分に向けられた言葉でもないのに、紛らわしい宛先の所為で他人事にすることができない。
因みに、差出人の名前は書かれていない。
【いつか迎えに行く。待ってろ。愛してる】
そんな言葉で締めくくられた文で、これが俺宛でないことを実感してしまう。

俺のため、なんて、そんな傲慢なことを考える自分を殺したくなった。

こんなどうでもいい手紙が、透明で丈夫なケースに入れられていたことが不思議で仕方がない。
年端もいかない頃に、家が嫌で山に逃げ込んだ俺が発見した大きめのケースには白と黒で彩られた新品の玩具とこの紙切れが入っていた。
幾ら幼いと言ってもその頃にはサッカーぐらい当然のように知っていた。
物欲があまりなかった俺は、特別手に入れようと思ったことはなかった玩具だったがその時は宝物でも見つけたような気分に浸っていたような気がする。
近所の餓鬼どもの真似をして、モノクロのボールが見えにくくなるまでひたすらボールを蹴っていた。

それからは、その玩具を使うことが日課になっていた。
紙切れの内容を理解できるようになったのはそれから数年経ってからだ。
その時はあまりにもくだらない内容に、僅かでも湧きあがった高揚を冷めさせられた俺はすぐに紙切れを捨てようとした。
でも、直前になぜか踏みとどまってしまった。
乱雑に紙を丸めようとした手で、綺麗に紙を折り畳み元の白い封筒に戻してしまう。

何度かそんなことを繰り返したころ、俺が、その紙切れを肌身離さず持っていたことに気づいた。

マフラーで風を防ぎ歩き出す。
名も知らない街の住人どもに厄介者だと罵られ、思わず握りしめた掌に伸びた爪が食い込むのを防ぐように手の中に滑り込んだ紙切れがくしゃりと軽い音を立てて皺を作った。

いつからか、意図せずにそんなどうでもいい紙切れを握りしめることで、心が少し軽くなることを知ってしまった。

肌身離さず持っている紙切れは、紙屑と呼べそうなほどにボロボロになってしまっていた。
それでも、いつでも俺の左のポケットにはこの紙が入っていた。



強い風が編み込まれた紐の隙間を潜り抜けてまた素肌に触れる。
いつもの不良どもの溜まり場に行けば、騒々しさや鬱陶しさを我慢するだけで多少は暖を取れるだろう。


どこもかしこも冷たい俺の中で、紙切れを握りしめた左手だけが温かかった。



【人の手の温もりによく似ていた。 終】



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