イナズマイレブンシリーズ

□タイムカプセルに愛をこめて。
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「んじゃお先ー」

「おつかれ様です!」

「お疲れ様ー」

「失礼します」

店の扉を閉めて振り返ると、真夜中の雑踏の中を軽快に潜り抜けていく不動のニット帽が見えた。
ただでさえ体格は常人より悪いから黒いニット帽がひょこひょこと上下するたびに人波から姿を消してしまう。
歩く速さはそれほどでもないので見失う可能性は少ないが、眠いのかニット帽が右へ左へと揺れているのが気になって駆けだした。

先程も言ったようにあまり早くはないのですぐに隣に並ぶ形になる。
それと同時に夜の出口が見え、平々凡々とした街並みが並ぶ大通りに出た。
お互いの肩の力が抜ける。
まだ更けていない夜の街を眺めて大きく息を吐き出した。

こんな時間の街を見ることなんて数か月前には一回もなかった気がする。
窓から漏れる光で輝く純粋な街を見上げた不動は眩しそうに目を細めた。
大きな欠伸を零してぐらぐらとニット帽を揺らす不動の目は眠気に負けかけている。

「…おい」

「…」

「不動、あと少しでタクシー乗り場だ」

「うん…」

駄目だ。もうまともな返事もできないらしい。
今にも閉じてしまいそうな目を必死で開いている不動には悪いが少し強引に腕を引き雑踏を抜け出る。
幸いタクシー乗り場にはほとんど人影は見られなかった。

車に乗り込むとそこで限界が訪れたのかこてりと寝入ってしまった不動を右肩で支えつつ行き先を指示する。
僅かな揺れと共に走り出した車は、確かに眠気を誘ったがここで俺も寝入ってしまってはどうにもならないのでとりあえず外の景色を目に映した。
流れていく町はただただ純粋で、さっきまでの夜の街の面影はない。

いつのことだったかは忘れたが、いつか、堂々とこの街を歩けるようになりたい。
らしくもなく、不動とそんなことを話していた。




「不動。起きろ、朝だ」

「…んー…おはよ、きどーくん」

「もう飯はできているぞ」

「ん」

起き上った不動は大きな欠伸を一つ零した。
前は何度起こしても好きなだけ寝ていたのに、今は少々寝たりなくてもすぐに起きてくれる。
どんな心境の変化があったのかは分からないが、少しずついい方向に修正されているように感じていた。

相変わらず小食だったり、意地っ張りなところも変わっていないが、以前は嫌った留守番も渋々引き受けてくれたり、一人で散歩という名義でしばしばどこかに出かけるようになった。
一人で出かけることは多少不安だったが、特に様子が変わっているわけでもないから本当にただの散歩なんだろうと無理矢理納得する。

そして、少しなら嫌いなトマトも食べてくれるようになった。
大きな進歩だと言っていいのか不明だが、個人的には大きすぎるほどの変化だと思う。

「うえー。またトマト…」

「隣のおばさんにもらったからな」

「ちっ。この間のキャベツはうまかったけど…」

「あぁ、一緒に大根とジャガイモももらったぞ」

「じゃあ今日はコロッケ食いたい」

「わかった」

「あ、俺じゃがいも潰す役ね」

「はいはい」

和やかな会話。
普通の会話。
平凡の生活なんてとっくに諦めていたが、最近の毎日はそれに着実に近づいている。
もし、二人であの街から逃れることができたのなら、正真正銘の普通の生活に戻れるんだろうか。
少しの間は職も見つからなくて、閑散とした日々になるかもしれない。
不本意だが、そこはあの街で稼いだ金を使うことになるだろう。
それも普通になるための一歩ならば、俺は自分の嫌悪感もすぺて取っ払ってしまうつもりでいた。



その気になったときには全て遅かったことを知るのは、その数か月後。



『ねぇきどーくんきどーくん』

『なんだ?』

『タイムカプセルって何?』

どうしていきなりそんなことが気になったのかと不思議がる前に、不動の目線が液晶に向いていることに気づいた。
どこかの小学生団体が、近所の裏山にタイムカプセルを埋めている様子が報道されている。
大きな卵状のカプセルに、各々好きなものを詰め込んでいく子供たちを目で追っていた不動が、可愛いシールで封をされた封筒を見て止まった。

『手紙?』

『タイムカプセルとは、将来あのカプセルを掘り返して昔を思い起こすものだからな。今の自分から、未来の自分への手紙ということだろう』

『未来の自分ねぇ』

お気に入りのクッションを抱え込んだまま不動が立ち上がる。
近くの引き出しを開けて紙と封筒を取り出してローテーブルの前に座り込んだ。
白と黒で彩られた球形のクッションは虚しくもソファの上に投げ置かれ、その代わりにテーブルの上に置かれていたペン立てからボールペンを取り出す。


そのあと俺は夕飯の買い物に行ったり、部屋を片付けたりしていたので何を書いていたのかは知らない。
俺がリビングに戻るとテーブルの上には【触るな】とでかでかと書かれた封筒が置かれていて、不動はもうすでに何の興味もなくなったようにスポーツ観戦に勤しんでいた。




不動がこの世から姿を消してしまったのは、それから三日ほどたった夜のことだ。
接客中に突然倒れたかと思うと、誰も何もできないうちに生きることをやめてしまったらしい。
俺はちょうど買い出しに店を離れていてその場面に遭遇することはなかった。
俺が戻った頃には不動はすでに病院に搬送された後で、マネージャーと共にすぐにタクシーに乗り込んで病院に向かった。

眠るように死んでしまった不動の傍で聞かされたのは、信じられないほどに唐突過ぎる話。

『…不治の病…?』

『そうです。世界的にも例の少ない病で…私たちでは、発作を抑えることぐらいしかできませんでした…。不動くんには何度か通院してもらったのですが、有効な薬などもなく…』

申し訳ありません。
そう言って頭を下げた医者と看護士の姿が、どこか遠くに感じられた。

『鬼道、しっかりしろ』

『…すみません』

『不動がその病にかかったのはいつぐらいなんでしょうか』

『正確な時期は分かりません。ご自身で異常に気づいたのは、随分前だと聞いています。高校生の頃から発作がたびたび起こっていたとか…』

『高校生…』

『高校生のころは、ほとんど毎日のようにこの病院に通ってきてくれていたんですが、高校を卒業した途端に突然通院することが少なくなり…ある時から、ぱったりと来なくなってしまったんです。仕事が忙しくなったんだろうと思っていたんですが…』

『職業については、何も知らされていなかったんですか?』

『はい。高校生の頃もよく私や看護師たちをからかってくる子でしたので、教えないと言われても特に追及することはありませんでした』

『そうですか』

『それが、三カ月ほど前から突然また通院してくるようになって…事情を聞いても何も答えてはくれませんでした。治してくれ、と言っていました。…もしかしたら、もう自分の命が長くないことを悟っていたのかもしれませんね』

懐かしむように目を細めた医者の顔は試合で満ち溢れている。
初老の医者には、不動の自分の子供の様に見えていたんだろう。
そんな不動が死んでしまって、どんな気持ちなんだろうか。
そんな不動を殺した原因が、目の前の俺に少なくともあることを知ったらどうするんだろうか。


不動の葬儀は、店の仲間たちだけで執り行われた。
不動の両親の姿はいつまでたっても見えなかったが、不動のことを独り身だと思っている奴らばかりだったので特に話題にあがることもなかった。



誰もいない部屋に戻るのはこれで三回目だった。
葬儀にも参加して、不動のことはしっかりと受け入れたはずなのになぜかまだ一度も涙は出てこない。
出るべきはずの涙はどこに行ったのかもわからないまま、俺はただぼんやりと薄暗い天井を見上げていた。

店の不動のロッカーには、発作を抑えるための薬が大量に常備されていたらしい。
何にも気づけなかった自分に腹が立って、何をする気も起きなかった。

ふと目に留まったのは、テーブルの真ん中に堂々と置かれていた白い封筒。
今となっては、書かれた文字に反しても不服の声を上げたり不満そうに背中にのしかかってくる人はいない。
一度それを一瞥して、ゆっくりと手を伸ばした。
この数年間で作り変えられた本能は、まだ不動を優先しようと伸ばす手を抑制する。
触れる直前で自然に止まってしまった手を無理矢理伸ばすと、後は何の苦労もなく手紙を手に取ることができた。

セロハンで封をされた封筒を開き、中の紙を広げる。
まず、その宛名に目線が映った。

【きどうくんへ】

整った字が並ぶ行にはなぜか俺の名前が記されている。
中身は何のとりとめもないことばかりで、明日はトマト入れないでくれとか、また今度買い物いこうぜとか、新しいTシャツが欲しいとか、そんな普通の内容だった。

【俺そろそろ死ぬと思う。ごめん。愛してる】

「………今更そんなことを言われてもな」

緊張感のない締め方に思わず苦笑して、してやったりと笑みを零す不動の幻影を見たような気がした。
全てが遅かった。
お互いに後戻りできないところにまで落ちてしまったところで、何かを変えようと頑張って無様に失敗してしまった、

「すまない不動。愛している」

そんな言葉が自然に出た。
白と黒のクッションが寂しそうにソファの上に置かれている。
それを眺めてペンを手に取り、真っ白な紙にペン先を滑らせた。

【不動へ】

何も特別なことは書かない。
少し遠くのモールに行ってみるか、好き嫌いはするな、今度、あいつらが来たときに一緒にサッカーをしてみるか。
そんな薄っぺらい内容ばかりを書き連ねた。

【いつか迎えに行く。待ってろ。愛してる】

そう締めくくった手紙を、新しい封筒に入れて封をした。
不動の手紙も封筒に戻し、しっかりと封をし直す。

問題は、これをどこに埋めるかだが、それを考えるのはもう少し後でもいいだろう。



次々と零れる涙を拭った。

いつかまた、不動に会えたら。
そんな夢みたいなこと考えると、また涙があふれた。

もし、本当に会えたなら、今度は不動をあの場所につれていこう。
円堂や豪炎寺に出会ったあの場所なら、こんどこそ不動を救える気がした。


「…不動、愛してる」


もし来世というものがあるのなら。
この一言だけでもいいから、不動に届いてほしい。


丈夫なカプセルの中に入れられた手紙を、全く違う場所で、それぞれの少年が掘り返すのは、また別の世界での話だ。



【タイムカプセルに愛をこめて。 終】


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