イナズマイレブンシリーズ

□コチラ理性。容量不足ニヨリ対処不可能デス。
1ページ/2ページ

 


今日も、俺は大きな荷物を背負って明け方の街を通りマンションに辿り着く。
そういう性癖でもあるのかと疑いたくなる程に(いや実際そういう性癖を持っているのかもしれないが)自分の身体を酷使する不動は疲れ果てて死んだように眠っている。
いつも通りホストとしての仕事を熟しつつ、何故か俺がやる仕事も奪っていったからいつもより疲れたんだろう。

いつの間にかNo.1ホストにまで昇りつめていた不動は、客を喜ばせるための手段は選ばないことが多い。
今回のこともそのためなのかもしれないが、とりあえず人の仕事を奪うのだけはやめてほしい。
おかげで俺は少しの間手持無沙汰になりキッチンの仕事を手伝うことになってしまった。
いや、仕事自体に不満があるわけじゃないんだが。

「……う…」

「起きたか」

「………」

部屋に入りとりあえずベッドに寝かせると、うっすらと目を開いた不動はすぐに布団の中に潜り込んでいった。
返事もしないところを見ると余程疲れているらしい。
上着を脱ごうとしたところで、不動が着の身着のまま布団に潜り込んでいたことに気づいた。
ジーンズ製のズボンは想像以上に寝にくいはずだろう。

「…まぁいいか」

わざわざ疲弊している不動を起こすのも気が引ける。
しばらくすれば直ぐに寝入ってしまうはずだ。

「………うー」

「…無理か」

ごそごそと落ち着きなく布団を動かしている不動は一番眠りやすい格好を模索しているのか一向に寝入る様子はない。
しばらく動いていたかと思えば、布団から不動が履いていたズボンが吐き出された。
横着にも程があると思いながら伸ばされた手にジャージを渡してやる俺も大概甘い。

もし夕方になっても回復しないようなら今日は無理矢理休ませるかなと考え、一応オーナーに連絡を入れておく。
大人しくなった不動の傍に腰掛けて携帯を操作すると意外にも早くコール音が切れた。

「もしもし」

『あれー?ユウトちゃん?どうしたのいきなり?』

「いや、今日はアキは出られないかもしれないです」

『マジで?あー、確かに今日なんか気合入ってたもんねぇ』

「はい」

『んー、まぁいいか。じゃあアキちゃんのことは頼んだよ専属ボーイちゃん』

「…失礼します」

『はいはい。んじゃばいびー』

ふざけているのかと思うほど明るい言葉で締めくくられた電話を切ると、いつの間にか太陽の光が部屋に直接差し込んでいることに気づいた。
カーテンを閉めて電気を全て消そうとして、不動に呼ばれたような気がして振り向く。
何の声も聞こえなかったがベットに近寄ると不動は目を覚ましていた。

「不動?」

「………」

パクパクと口を開閉させる不動は多分口の中の水分が足りないせいで声を出せないんだろう。
今までの経験からそう判断して立ち上がったが、歩きだそうとした途端に服の裾が掴まれた。

「…不動?」

勿論俺の足を止めたのは不動だが、俺を見上げる目は何か言いた気に揺れている。
再び口が開いて、何も発しないまま閉ざされてしまった。

「不動」

「………」

「どうしたんだ。今日はおかしいぞ」

「…気のせいじゃねーの」

「そんなことは」

「どーでもいーじゃん」

「よくない」

「………もういいから、出てけよ」

「不動」

「出てけよ!」

出て行けと言われても元々このマンションの間取りでは寝室と呼べるものは一つしかなく、俺はこの部屋を失うと寝るには柔らかすぎるソファで休眠を取るしかなくなってしまうのだがこれ以上疲れている不動を起こしておくことは俺のなけなしの良心が痛む。
休眠とは言っても今日はいつもより幾分か疲れはない。
どうせならこのまま起きておいた方が、中途半端な休息を取ったときの倦怠感は軽減できるだろうかか。

「…分かった。リビングにいるから何かあれば呼んでくれ」

「………」

言動のおかしい不動をそのままに部屋を出ることは少し躊躇われたが出ていけと言われたなら出ていくしかない。
不動に会ってから数年経つが、必要とされる以上に関わることはお互いに拒否していると思う。
必要とされれば俺も不動も何かしらの行動を起こすが、何もするなと制されれば何をすることも許されない。

もし、相手が危険な目にあうと確信していても。
例え、自分がどれだけ相手の力になりたくても。

決して触れることができない領域が、お互いに存在していると感じている。


扉を閉めると、今までにはなかった喪失感が俺の胸に大きな穴を開けた。
意識することもなく深く息が吐き出され、力を入れることを拒否した両足からずるずると壁を頼りに廊下に座り込んでしまった。

この壁の向こうで、あの我儘な悪魔は疲れ果てた体を癒しているのかもしれない。
それとも、まだ眠れないまま布団の中の闇を見続けているんだろうか。


そんな素直すぎる現実直視な考えで扉一枚を隔てて聞こえてくる咽び泣く声を別世界の物に変換した。
思考だけが身体を離れて遠い場所に向かっているような奇妙な浮遊感のせいで、何も聞こえない。
どんな感情さえも湧いてこない。


「………っ」


そんな都合のいいことが、あるはずないけれど。

俺の本能が現実逃避を試みている間にも、咽び泣きは次第に慟哭へと移り変わっていく。
噛み締めた唇が歯と歯の圧力に耐え切れなくなったのか咥内に鉄の味が広がった。
理性はしっかりと外からの情報を受け取って感情に伴った行動をとっている。
これこそが人間らしい反射だろう。

不動は、何かを思い出しているのか。
何を悲しんでいるのか。
何の感情もなく涙を浪費しているのかもしれない。
大した使い道のない人間らしい反射を、ここぞとばかりに消費しているのかもしれない。



昼時になれば全ていつもどおりになっているだろう。
俺の反射も不動の反射もいつも通り形を潜めて理性の片隅に押しやられているはずだ。

どうせ腹が減ったと布団の埃を舞い上げるのは目に見えているのでそれまでに何か作っておくべきだろうか。
厭味たらしく砂糖味のおにぎりでも作ってやるべきだろうか。
一度あれを食べたことはあるが特においしいとは思えなかった。
あれを飄々として食べきれるだけ、不動の理性が一枚上手ということなのかどうかはよくわからない。


とりあえず、真っ赤になった目をどうするかを考えなければ。
濡れたタオルを押し当てていればそれなりに目元の赤みは引いてくれるだろうか。


いや、それよりも視界を歪ませてまで形を持って溢れ出てくる本能の塊をどうやって止めるかを考えることが先決だろうか。



【コチラ理性。容量不足ニヨリ対処不可能デス。 終】



Next 管理人感想



 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ