イナズマイレブンシリーズ
□そんな嘘をついてみた。
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きっとあの日なんでもない路地を歩いていたのは運命だったんだろう。
いや、運命以外の何かは受け入れない。
「きどーくん」
「なんだ?」
「なんでおにぎり甘くないの?」
赤い目が不自然に逸らされる。
予想通りの反応に自分の口元が歪んでいることも自覚していた。
「ここ、電波届かないよ」
そんな嘘が勝手に口から飛び出た。
無駄なことに首を突っ込もうとしてるやつを引き留めた理由もわからなかった。
自分からああいう目的以外で人間に近づいて行ったのも初めてだった。
「俺のお願い聞いてくれるって約束してくれたら、普通の道まで連れていってあげるけど」
お願い、なんてしたことはなかった。
したいと思ったこともなかった。
抱いた女は口々にお願いを使ったけど、それに応えてやったことは一回もなかった。
だから、ごく自然にそんな言葉を口にしている自分が他人のようだった。
理由付けは何でもできる。
例えば、あの時の俺は腹が減りすぎていたとか。
あるいは、変な奴に絡まれて足を怪我していたとか。
でも俺はそんな理由で鬼道くんを連れ込んだわけじゃない。
実際に腹が減っていたけど、本当に足が千切れそうな位に痛かったけど。
何故かあの場面で眠ってしまっていた俺が次に目が覚めたのは知らない部屋だった。
足には綺麗に包帯が巻いてあって、部屋に入ってきた鬼道くんは部屋の中を物色している俺を見て驚いた顔をした。
「寝てろ!」
「うおっ」
「全く…よくそんな足で動けていたものだな。俺の知り合いの医者が鎮痛剤を打ってくれたらしいが、そろそろ効果が切れるころだ」
無理矢理ベッドに座らされて、渡された皿には二つのおにぎりが乗っている。
傅くように足元に膝をついた鬼道くんを眺めながらそういう趣味でもあるのかとなんとなくそう思った。
後々そのことを言うとすごく呆れた顔でため息を吐かれた。
ゆっくりと、壊れ物を扱う時よりも数倍以上に恐る恐る包帯を取っていくその手が少しだけ震えていて、そんなに酷かったのかとぼんやり思った。
刃物じゃなかったから逆に酷い怪我になったんだろう。
窓の破片だったかビール瓶の破片だったかは忘れたけど、後でよくよく見てみると赤いものがたくさん流れていたから少しはそんなことも考えていた。
それにしても、あの頃の鬼道くんは本当に真っ白だった。
何も知らずに表の世界だけで生きてきた普通の人間だった。
今はどうかは、俺は何も言わないけど。
「……っ」
「そういうの、見るの初めて?」
「…そうだな」
「ふーん」
「別に痛くないけど」
「嘘を吐くな」
本当に痛みは感じなかった。
特に何も思わなかったけど、怪我は血が足りなくなってふらふらするのとその場所が動かし難くなるのだけが苦手。
ただそれだけ。
包帯の下から赤く染まったガーゼと肉が抉れた足が見える。
顔を顰めてガーゼを取り替え、相変わらずの丁寧過ぎる手つきで包帯を巻きなおした。
「………」
「気持ち悪い?」
「…お前、本当に痛くないのか?」
「嘘つく理由がねーよ」
「…それもそうだな」
立ち上がるとその目に俺が手に持ったままの皿が映ったのかまた怪訝そうに目を細めた。
食わないのか?と首を傾げられて首を傾げ返したけど、俺のためにわざわざ作ったって知ったときはさすがに驚いた。
部屋を出て行ったあとで食べたおにぎりは、俺が知ってるおにぎりより甘かったけど。
「きどーくん、指切った」
「またか」
「カッターってさ、絶対手を切るためにできてるよな」
そんわけないだろ、なんて呆れた声で言いながら消毒をしてくれる鬼道くんは相変わらずだ。
どうやったらカッターで掌を切れるのかなんてのは俺が知りたい。
っていうのはさすがに冗談。
特に意味はないけど、怪我は鬼道くんが手当てしてくれることになっている。
「お腹すいたんだけど」
「冷蔵庫にトマトがあるぞ」
「嘘」
「あたり」
「腹減った」
「この間円堂が持ってきた菓子が残ってるだろう」
「もう食べた」
「嘘」
「あたり」
俺の飯は全部鬼道くんが作ってくれる。
それ以外は、鬼道くんが食べさせてくれないと食べない。
いつからこんな泥沼にはまってしまったんだろうか。
抜け出したくても抜け出せないこんな関係はいつから始まってたんだろう。
いや、抜け出す気はお互いに皆無なんだろうけど。
「鬼道くん」
「嘘」
「まだ何も言ってないんだけど」
「そうだな」
鬼道くんはそれ以上何も言わずに部屋を出て行った。
三十分ぐらい待ってたら、オムライスを持った鬼道くんが入ってくるんだろう。
言えなかった嘘だけがぐるぐると頭を回る。
まぁ、いいか。
「俺達の出会いって、ただの偶然だったよね」
【そんな嘘をついてみた。 終】
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