イナズマイレブンシリーズ
□夜の街の不純な純愛劇場。
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夜の町には様々な人が入り乱れる。
体を売る男女。
それに惑わされる男女。
偽物の愛を売る男女。
偽物だと知りながら愛を買う男女。
俺は、どうしたいんだろうか。
「お待たせしました」
「あら?何この子、可愛い顔してるのね」
「ありがとうございます」
「この子も指名で」
自分のお気に入りを指名しておいて、ボーイの俺にまで手を出すほどに男に飢えてるんだろうか。
いや、愛に飢えてるのか。
どっちにしろ、俺には売り付ける愛なんて一欠けらも持っていない。
「すみません」と頭を下げようとして、きらびやかに着飾った女の隣にいた【お気に入り】の腕が上がったのが見えた。
その腕が、簡単に壊れてしまいそうな細い肩を力強く引き寄せる。
「おいおい。俺だけじゃ物足りねーってのか、この面食いが」
「いいじゃないの、アキだってたくさんお客さん持ってるんでしょ」
「はっ。俺の仕事忘れんなよ」
「好きでやってるくせに。何人食べたの?他の人の客も味見してるんでしょ?」
「そんなの数えきれねーよ」
「噂で聞いたんだけどさ、最近体売りはじめたんだって?あんなに可愛がってあげたのに、まだ足りないの?」
「うるせーよ。どこの情報だそれ」
「アキの三番目の女」
「失礼します」
モラルも風潮も関係ない場所だが、それ以上は何も聞く気はなくて頭を下げて席を離れる。
それからも、閉店になるまであいつはずっと店に出ていた。
休憩も無しによくやりますよね、と、最近新しく入ったホストが着替えを終わらせながらそう零した。
「さすがNo.1ってところですかね」
「長い間やっているからな」
「僕、今日は三人相手した時にはくたくたでしたもん」
肩を回した新入りが更衣室の椅子に腰掛けて大きく息を吐いた。
「ふっ。そんなことを言っているうちは上位にはなれないな」
「う…ガンバリマス」
「ああ。まぁ、あいつを目指すのはやめておけ」
「どうしてですか?」
不思議そうに見上げられても、申し訳ないことにうまい言葉が見つからない。
理由はあっても本当にただの私情だから理由にすることもできない。
「そういえば、前から聞きたかったんですけど…」
「なんだ?」
「どうしてボーイなんですか?ユウトさんなら、ホストでも充分稼げると思いますけど」
新人だからこその、無知。
いつかは聞かれると覚悟していたが、無知故の疑問が深々と刺さった。
何度もホストになることを薦められたが、全てを即決で断っている。
何年も裏の世界で働いているが、俺は未だにこの仕事を受け入れられてはいない。
更に言えば、日に日にその不快感は高まっているようにも思う。
でも、俺はこの世界を捨てることができない。
見捨てられない。
「どうしてもだ。着替えたなら早く帰って休め。今晩も入っているんだろう
「あ、はい」
「あの赤いドレスの女性に随分気に入られたみたいじゃないか。常連は、早いうちに作っておいたほうがいいぞ」
「頑張ります!それじゃあ失礼しますね」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
新入りは明るい笑顔を絶やさないまま店を出ていった。
いつまであの笑顔を見ることが出来るのか、そんなことを考えるのも嫌になってソファに寝転ぶと、個室の扉が開く音がした。
「今日もよかったわよ。でも、ちょっと元気がなかったかしら?」
「うるせー。いいからさっさと帰れよ」
「はいはい。ホント、冷たいんだから」
すでに営業時間が過ぎている店に客がいることは常識で考えるとおかしいことかもしれないが、この店ではよくあることなので今更何を思うことはない。
この店の個室は、そういう目的で作られたものだから余計に何も思えない。
どうやらソファの背のおかげで俺のことは見えていないらしい。
今度は店の扉が開く音がして、客が帰った事を知らせてくれた。
ようやく今日の仕事が終わる。
どうせ夕方には店に顔を出し夜の開店に向けて雑用を熟さなければならないのだがそれも今更だ。
近い場所で重たいものを落とすような音がして体を起こすと、向かいのテーブルのソファにあいつが寝転んでいた。
「おい、こんなところで寝るな。早く着替えて家に帰れ」
「ちょっと冷てーんじゃねーの?ユウトくん。これでも一応No.1だぜ?」
「…はぁ…少しだけだぞ」
「さっすがユウトくん」
「思ってもないことを口にするなよ」
「ははっ」
これ以上は何を言っても仕方ないと立ち上がる。
今のうちに午後の仕事を片付けてしまうためにキッチンに向かった。
すでに洗われていた食器を片付けていきながら、先程店を出た常連客を思い出す。
ボーイとは言え何年も働いている俺に気づかないほど、あいつしか見えていなかったんだろう。
「…悲しいな」
意図せずそんな言葉が零れた。
いくら金と時間を積んでもあいつの本当の愛は買えないことを知っていて、一年以上店に通いつづけているのは客の冷めることない熱情か、それだけ人を惹きつける力があるのか、もしくはそのどちらもか。
俺は後者にあたるのかもしれない。
無駄なことを考えている間に仕事がなくなってしまった。
もうしばらく休めて置こうと思っていたが、何もなく店にいると後々面倒なことになりそうなので直ぐにキッチンを出た。
「そろそろ出るぞ」
「……ん」
ソファの上に寝転んでいるあいつはすでに私服に着替えている。
投げ捨てられたように床に落ちているスーツを拾い上げ更衣室に置きにいく。
ついでにあいつのロッカーからカバンを取り出しホールに戻った。
「おい、起きろ」
「…んー」
「アキ。家に帰るんだろ」
「うー…」
「はぁ…」
何度か呼び掛けてもまともな返事は返ってこない。
目元を腕で隠してしまっているから起きているのかもよくわからない。
仕方なく腕を引っ張り立ち上がらせようとすると、予想以上の重みを腕に感じる。
「…おい、起きているんだろう」
「んー」
「アキ…」
「アキじゃねー」
「………」
「もう仕事終わったんだろ。きどーくん」
「…早く帰るぞ、不動」
「怠い」
「………勝手に個室に引っ込んだのはお前だろう」
「連れ込まれたんだよ。きどーくんも見てただろ?ただでさえきどーくんに襲われて腰怠いのに、女とヤって疲れないわけねーじゃん」
目を細める不動は疲労が映る顔や少し細い声音のせいで、遊女のように艶やかで儚く見える。
話の内容はさておいて。
おぶれおぶれと袖を引っ張る不動に先程客と話していたあの雰囲気はない。
子供のように駄々をこねる不動にため息をつくと、それを了承と受け取ったのか満面の笑みを浮かべて背中にのしかかってきた。
「…軽い」
「それ昨日も言ってただろ」
「酒ばかり飲んでないでちゃんと食べろ」
「きどーくんが作るなら食べるけど」
「無茶言うな」
しっかりと扉を施錠して、夜が明け始めた裏の町を歩きだす。
何年か前にこの町で、ホストになりたての不動に会った。
所詮は一目惚れというもので、多分不動も同じようなものだったんだと思う。
「きどーくん、悪いけど今日は相手できないぜ」
「…不動、前から言っているがそういう考え方はやめろ。別にそんなことが目的でお前と一緒にいるわけじゃない」
ケラケラと笑い声を上げる不動と一緒に体が揺れる。
今と変わらず体を売り続けていた不動は、俺が止めなければ更に深みに堕ちてしまっていただろう。
今でも、少し目を離すと変な方向に堕ちていこうとする不動に目を光らせることで手一杯だ。
心も体も純粋なんてものには程遠いが、こいつは俺が守っていくしかない。
「あー疲れた。なぁきどーくん、俺ホスト止めちゃだめかなぁ」
「俺としてはそうして欲しいんだがな」
「はっ、ムリムリ。俺この仕事好きだし」
「女に困らないからな」
「…あれー?もしかして嫉妬ですかー?」
「違う!」
「ふーん」
「はぁ…」
「なぁきどーくん」
「なんだ」
「俺専属ボーイなんだから、俺の客に手ぇ出すのやめてくれよ」
「…いつ出した」
「俺以外の奴抱いたら、男だろうと女だろうとぶっ殺すから」
俺の背中で、純情な悪魔が笑った。
【夜の町の不純な純愛劇場。 終】
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