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□第捌夜 ‐幼子に誓う‐
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どうしてこんなことになったんだ。
俺はただ、こいつらに楽しんでもらいたかっただけなのに。

「先輩、離してください!」

「このままじゃ先輩もっ…!」

「黙れこのバカタレ共!」

いつからこうしているだろう。
焦る気持ちとは裏腹に、がくがくと震える両手が俺の限界を示していた。



町を通り仲のいい兄弟を演じ、のんびりと歩いて火薬庫について荷を積み込んだところまではよかった。
行きと同じで町を通れば尚良かったんだろう。
案の定、森の中を突っ走っていた俺たちは敵に見つかってしまったらしい。

「國一!この縄でお前達と俺を縛り付けろ!」

「はっ、はい!」

「先輩っ、荷物が…!」

「荷物はいい!お前達を守ることが最優先だ!」

全速力で駆ける馬の背は酷く揺れる。
落ちてしまったならそれで構わないし、逃げ切れないようなら荷物を捨ててもいいと思っていた。
今はとにかくこの崖の上の道を走り抜けなくてはならなかった。
下は川だが落ちてしまっては命は確実に無くなるだろう。
スピードを上げようときつく手綱を握ったところで、鋭いものが空気を切る音がした。

大きく嘶いた馬が悲鳴のような声を上げた。
どうやら、敵の投げた苦無が脚を掠めたらしい。
馬が体制を立て直せず思い切り転倒する。

やばい、そう思った目の前で一年生達の小さな体が投げ出される。
まだやわらかな体が落ちていく先に、地面はなかった。

「國一!弥彦!」

咄嗟に手を伸ばす。
なんとか積み荷と共に落ちていく一年生の手を掴んだ。
胸から上を空中に投げ出した状態で掴んだ手の先を見る。

右手には、國一の腰紐、左手には、積み荷と弥彦を繋いだ縄を掴んでいた。
積み荷は放っておけと言ったのに、弥彦はしっかりと縄で縛っていたらしい。



引き上げようとしても金吾程腕力のない俺には、この不安定な体制で一年生二人と大量の火薬壺が入った積み荷を引き上げるだけの力がなく今に至る。
諦めたのか今は敵の姿はないが、早いところ学園に戻る方がいいだろう。


「ちっ…弥彦!國一の手を掴め!縄を切る!」

「いやです!」

「いいから掴め!」

「いやです!」

頑なに荷物を捨てることを拒む弥彦の気持ちが分からない。
このままでは、お前たちの命だって危ないとわかっているだろうに。

「荷物をすてるんでしょう!?絶対にダメです!」

「煩い!このままじゃ荷物どころか、お前らも落ちるぞ!」

「でも、この火薬がないと学園のみんなが危ないんでしょう!?だから駄目です!」

「別に火薬ぐらい何度でも取りに行ける!だから…」

「今は、そんなにのんびりとできるような状態なんですか!?先輩方がいつも気を張り詰めていなきゃいけないような、そんな時じゃないんですか!?」

思わず声を失う。
声を荒げる弥彦の目に、もう大丈夫だよと嘘をついた上級生たちはどう映っていたんだろうか。
昔の俺だったら、とこの場にそぐわないような考え事をしてしまう。

「僕だって、僕達だって忍者の卵です。僕達だって学園の役に立ちたいんです。だから…」

「そんなことを言っている場合じゃない!いいから早く掴め!」

「先輩は忍者なんでしょう!?僕一人の命と学園みんなの命、どっちが大事なんですか!」

「そんなのっ…」

「先輩!後ろ!」

静かだった國一が突然声を上げた。
振り返らなくてもわかっている。
油断大敵とはまさにこのことだろう。

「忍者の卵もこの程度か」

「くそっ…」

少し離れた場所で声がする。
このままじゃ俺は殺されるだろう、そうなったとき、こいつらはどうなる?
待っているのは死のみだ。

そんなの、この俺が許さない。

「國一!弥彦を掴め!」

少しぐらい怪我をしてもこいつらを守りきる。
そう思った矢先に、ぶつりと嫌な音がした。
左手への負担が少し軽くなる。

「…え?」

小さな体が支えるものをなくして落ちていく。
それが異様に遅く見えた。

「弥彦!!」

背後で足音がする。
こんなときでも六年間鍛えられた反射は冷静に頭を働かせた。

体中の血が滾っていると錯覚するほど、自分の無力さに怒りを覚えているにもかかわらず。



「ぐっ…!」

突然、人が倒れる音と小さな呻き声が聞こえた。
そこに馬の嘶きが加わる。
人の気配が近づいてきて、身構える俺を他所に伸びてきた腕は積み荷を掴んで簡単に持ち上げていった。
味方かそうでないかと言われれば、どちらかと言えば前者だろう。
國一を引き上げて振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。

「え…」

「鍛錬が足りないぞ!」

「…神崎、先輩…?」

「それ以外の誰に見える!」

ぐっと拳を握る先輩は、卒業した時とあまり変わっていないように見える。
茫然としている俺に近づいてきた先輩は、せぇい!と気合の籠った拳骨を俺の頭に落とした。

「いっ…!」

「全く…会計委員のくせに後輩を危険な目に合わすとは何事だ!俺たちが迷子になってここを通りかからなかったらどうなってたか…」

「俺達?」

確かに神崎先輩が引き連れている馬は二頭だ。
もう一人いるのだろうかと考えていると、もう二度と聞けないと思っていた声が響いた。

「うわああああああん」

「弥彦!?」

「泣かれた」

「三之助の顔が怖いからだ!」

「えー…」

「え…次屋三之助先輩!?」

「ん?」

何故か崖の下から現れたのは、元体育委員長の次屋先輩だった。
その肩には泣き喚く弥彦が抱えられている。

怖かったんだろう。
重みを感じない空間で、ただ死に近づいていく。
それがどれだけ弥彦の心を傷つけたか、俺には分からない。
國一だって、怖くて、苦しくてたまらなかっただろう。

幸い二人に怪我はないみたいで、駆け寄ってくる二人を見て安心する。

「ごめん!ごめんな!怖かっただろ?」

「せん、ぱいっ…怖かったです!すごく、怖かったですっ…!」

「死んじゃうかと思いましたっ…」

小さな手でしがみついて泣きじゃくる二人を抱きしめて、もっと強くなろうと思った。
もう二度と、こんな思いをさせないように。

二度と、大切なものを失わないように。



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