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□第陸夜 ‐平和な空間‐
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ずるりと音を立てて肉から小さな鉛玉を取り出す。
人の呻く声に、隣で手伝いをしてくれていた三年生の奏絵小十郎が目を瞑った。

「大丈夫かい?」

「…っ大丈夫です!」

「そう。じゃあ早く全部取りだしちゃおうか」

「はいっ…」

そう、ちゃんと見て。
ちゃんと感じて。
これが僕達の、君たちの義務でもあるんだから。

「次出すよ。今度は深くまで入り込んでるから、すぐに傷口を焼いて塞いでね」

「はい!」

「いくよ」

骨の近くまで入り込んだ小さな鉛玉を取り出す。
嫌な音がして、肉体にぽっかりと開いた小さな穴から血が噴き出る。
すかさず小十郎が焼けた鉄柱を押し当てると、肉の焼ける音と同時に金吾が口に咥えさせた手拭いを噛み締めて呻いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

「……」

治療だと分かっていても、自分のしていることで人が苦しんでいるのが耐えられないんだろう。
涙を流して謝り続ける小十郎の頭をいつものように撫でてあげることもできずに、僕は治療を続けた。




「先輩!全員無事帰還しました!三年生の苅野神内先輩が刀傷を負ったそうです!」

「神内が!?」

「すぐに運んできて」

「今先輩方が連れてきてくださってます!」

「わかった。じゃあ友次郎と佐介、利允は乱太郎と一緒に他の人たちの手当てをして」

「「「はい!」」」

「小十郎は僕の手伝い、いいね」

「はい」

救急箱を持ってかけていく後輩とほぼ入れ違う形で四年の森虎之助に肩を貸してもらいながら苅野が入ってきた。
隣で小十郎が息をのむ音が聞こえる。
後輩達が出て行ったあとでよかったと心底思った。
顔から血を流す苅野はどこか遠くを眺めていた。

「すみません、こいつの手当てをっ…!」

「うん、大丈夫。小十郎、森の手当てをしてあげて」

「俺より先に神内を…!」

「金吾が寝てる。静かにして」

衝立の向こうを指さすと、ようやく森は静かになった。
さほど大きくはないとは言え、体中の怪我は無視できるものじゃない。
大人しく手当てを受ける森を見ている苅野に声をかけると、見た目の傷に合わない落ち着いた返事が返ってきた。

「痛くないのかい?」

「すごく痛いです」

「どうしてこんな傷を?」

「言いたくありません」

「どうせ後輩を庇って、とかでしょ。君みたいにすばしっこい子が特別な理由もなしにこんな場所に怪我するとは考えにくいし」

「………」

頑なだなぁと鼻で笑えども苅野の視線は見えもしない衝立の奥を見据えていた。
幸い、右の頬から一直線に上に伸びる傷は眼球を傷つけるには至らなかった。
でもこの傷はもう塞がることはないだろう。

「この傷は一生残ると思うよ」

「そうですか。ありがとうございます」

包帯を巻き終わるとすぐに姿勢を正して礼をする姿は、さすが金吾の後輩というべきか。
向こうで森も同じように小十郎に頭を下げているのを見て少しおかしくなった。

「神内、お前もう動いていいのか?」

「あー、目は潰れてないらしいっス」

「俺はそんなことは聞いてない」

そのまま戻ろうとする二人を呼び止める。
まだ何か用があるのかと振り返った苅野の肩を掴んだ。

「君はまだ帰っちゃだーめ。まだ医務室にいてもらうからね」

「早く戻りたいんですけど」

「せめて傷口から血が出なくなって両目で見えるようになってからにしなさい。あ、森は僕と一緒に金吾を見ててくれないかな?人手が足りなくてね…」

「はい!」

「えー…」

「小十郎は半刻ごとに苅野の包帯を変えてあげてね」

「わっ…かり…ましたぁ…」

「うわっ、なんでお前泣いてるんだよ…」

「君がそんな怪我して帰ってくるじゃないか!バカ!」

「誰が馬鹿だ!」

「怪我人がいるんだ。静かにしろ」

「わー、虎之助が大人ぶってるー」

「先輩をつけろ!」



ようやく静かになった衝立の向こうを覗き込む。
三人そろって仲良く眠る姿はまだ幼い。
みんな疲れを感じないほど疲弊していたんだろう。
先に用意していた布団に並んで寝かせていると、小さな足音が聞こえた。

「あのっ、ここに先輩がいると聞いたんですがっ」

「うん?ああ、体育委員の子か。いるけど、寝てるから静かにね」

「はいっ」

「先輩声大きいですっ」

「藤次だって…」

こそこそと歩いてくる一、二年のために金吾の隣を譲る。
その枕元に並んで座った二人は、金吾の隣で眠っている森と苅野を見て堪えきれなくなったのか声を殺して泣き始めた。

「金吾先輩っ…」

「森せんぱぁい…」

「僕があの時転ばなかったら苅野先輩は怪我なんてしなかったのにっ…」



ぐすぐすと必死で涙を堪える様子はいじらしいのだけれど、それ故に頑なに目を閉じている奴が憎く感じる。

「狸寝入りもいい加減にしたら?」

「せっ、先輩!何をするんですか!?」

「……っはー、ばれたか」

「「先輩!」」

足を蹴とばしただけで当然の様に目を覚ました金吾に後輩二人が目を輝かせる。
更に泣き出した後輩に苦笑した金吾が体を起こした。

「さすが、体育委員ってところかな」

「それどういう意味?」

「体力馬鹿」

「ですよねー」

「先輩、起き上って大丈夫なんですか?」

「酷い怪我だって聞いたんですけど大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。お前たちが無事でよかった」

何が【大丈夫】だ。
今は薬が効いてるからそこそこ体も動かせるだろうけど、本当ならずっと寝ていてほしいぐらいの重傷なのに。
普通の人なら薬が効いていても動かすことすらままならないような怪我で、今にも動き出しそうな程元気に振る舞えるのは今この学園には金吾ぐらいしかいないだろう。

「さすが体育委員長だね」

「それ皮肉?」

「勿論」

苦笑した金吾を、涙を浮かべた一、二年生が不思議そうに見上げている。
あんまり無茶しなきゃいいんだけど、と肩を竦めてみても、今の六年生で無茶をしそうにない人は殆どいないから諦めの二文字しか浮かばなかった。



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