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□第肆話 ‐冷ややかな感情‐
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遠く向こうの煙の臭いを狼が嗅ぎ分けて、高く鳴いた。
それが合図のように一平は指笛を吹いた。
「火薬の匂いが二か所。ここから少し先で結構な人数が戦ってる。伊助の匂いはするけど金吾の匂いはしないから、もう少し向こうで戦ってるかもしれない。今追跡に鷹を飛ばした」
「分かった。じゃあ乱太郎、一平、平太は伊助の方に行って。僕と虎若と美乃丸は向こうに行くよ」
「了解」
「御意」
地面を強く蹴って木の上に飛び上がる。
空を飛ぶ鷹を追って駆ける庄左エ門の後ろを追っていると、鷹の目指す方向に突然銃声が響いた。
「庄左エ門」
「多分あの辺りには小さな神社があるはずだ。周りには気を付けてね」
「分かった」
火縄銃の準備は万全。
危険を示して高く鳴いた鷹を追う。
銃声はもう聞こえない。
でも風向きのおかげで火薬の匂いがよく分かる。
多分、何かの薬を塗り込んだ特殊な散弾だろう。
それがしびれ薬程度の軽いものであることと、誰もその弾に当たっていないことを願った。
前方に小さな社が見えてきた。
社の全体が見渡せる高い木の上で一旦身を隠した。
さっきの銃声が嘘のように静まり返っている空間に、冷や汗が止まらなかった。
小さな声が聞こえる。
「こいつ、中々の腕だったな」
「そうだな…途中で暴れられても困るから腕か足の筋一本ぐらい斬っとくか」
「へへっ…足にしようかな…腕にしようかな…」
「おい、間違えて殺すなよ」
「殺さないよ…」
黒を見に纏った三人の忍者が何かを囲って言葉を交わしている。
一人の手に握られている黒く光る苦無と、その足元に転がっている何かが深緑の衣を纏っているのを見て、怒りで心が冷えていくのを感じた。
「やっぱり…ここは利き腕かなぁ…これだけの剣豪が剣が握れなくなった時の顔…見てみたいよねぇ…」
「相変わらず悪趣味だな…」
「まぁ好きにさせてやれ」
「へへっ…」
苦無を持ったその腕が金吾の右腕に振り下ろされる間際、俺の持っていた火縄銃が火を噴いた。
驚いた顔をして振り返る二人の間をすり抜けた鉛玉は、その向こうできょとんと顔を上げていた男の左手を貫いた。
「誰だ!?」
「忍者の卵ですよ」
「なっ…!」
次の弾を装填している間に、敵の背後へ参上した庄左エ門が、一人の首を短刀で掻き切った。
赤い飛沫が上がる。
悲鳴を上げることすら許されず地に伏せた仲間を見ていた黒服の目の前に降り立った矢ノ城は、今度は二度三度鉄扇と短刀で切り込んでいく。
何度か短刀が忍服を切り裂いたが中の楔帷子に邪魔されて傷を負わせることはできなかった。
「ちっ…」
黒服は袖から苦無を取り出したが、すでに矢ノ城は庄左エ門の傍にいる。
好機とばかりに血の噴き出る腕を押さえることもせずぼんやりと俺を見ていたもうひとりの仲間を抱えて姿を消した。
「待て!」
「美乃丸、深追いはしちゃダメだ」
「でも…」
「大丈夫、これでいいんだ」
そう言って美乃丸から短剣を受け取った庄左エ門は、金吾の怪我を見ていた俺に駆け寄ってきた。
「怪我はどう?」
「散弾を五発。腹部に刺された跡と、左腕を刃物で切られてる。多分どっちもただの苦無。あとはちょっとした掠り傷と打撲。それと、散弾には軽い毒がしこまれてたと思う」
「早く戻ったほうがいいな。鎮痛剤は持ってないよね?」
「増血丸しか持ってないな」
「俺持ってます」
「さすが美乃丸だ」
持っていた水で金吾の口に鎮痛剤と増血丸を流し込んで、簡単な応急処置を済ませてからなるべく揺らさないように背負った。
もう二度と動くことのない黒服が目に入る。
手を合わせる庄左エ門の隣で黒服の骸に黙祷していると、少し戸惑っていた矢ノ城も手を合わせた。
庄左エ門は懐から取り出した麻袋にその骸を入れる。
「さ、一度乱太郎達のところに行こう。虎若は金吾を連れて先に学園に戻ってくれ」
「わかった」
「美乃丸もこれを持って学園に。彦四郎に報告して」
「御意」
「じゃあ僕は先に行くよ」
軽く手を上げた庄左エ門は風と共に消える。
向こうで狼が高く鳴いた。
どうやらあっちも無事に終わったらしい。
「矢ノ城、行こうか」
「はい。…あの」
「ん?」
「…すみま、せん」
「?大丈夫だ。お前はちゃんと役目を果たしたぞ?」
「……」
矢ノ城が何に負い目を感じているのかわからないが、今は学園に早く戻ったほうがいいだろう。
そう考えて走り出したけど、もしかしたら、本当はこの時に矢ノ城の不安を取り払ってやっていればよかったのかもしれない。
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